熊本大学の研究グループは、心筋細胞に豊富に発現する新規lncRNAである「Caren」を同定しました。Carenは心筋細胞におけるミトコンドリア数増加によりエネルギー産生を増強し、また、DNA損傷応答経路の活性化の鍵となるATMタンパク質の活性化を抑制し、心不全病態の増悪を抑制する作用を有することが明らかになりました。心筋細胞におけるCarenのRNA量は、心不全の発症につながる加齢や高血圧などの圧負荷によるストレスによって低下することに加え、ヒト心不全患者の心臓組織においても顕著に減少しています。今後、心筋細胞におけるCaren 作用活性化が、心不全に対する新規治療法の開発につながることが期待されます。
心不全は、加齢、高血圧症や虚血性心疾患、心筋症などの様々な原因によって心臓のポンプ機能(心筋の収縮力や拡張力)が低下し、体に充分な血液を送り出せなくなった状態です。医学・医療技術の目覚ましい進歩にもかかわらず、心不全は未だ予後不良の病気です。心不全患者数は今後も世界規模で増加することが予想されており、先進諸国では特に高齢者の心不全患者数の増加が問題となっています。それ故、効果的な新規治療戦略の開発が望まれています。
心臓では、心不全の発症につながる加齢や高血圧などの圧負荷によるストレスへの暴露によって心筋細胞におけるミトコンドリアが機能不全に陥ります。その結果、心ポンプ機能の維持に必須のミトコンドリアにおけるエネルギー産生が減少し、DNAの損傷を引き起こす活性酸素種の産生が増加することが明らかとなっています。さらに、活性酸素種によるDNAの損傷によって活性化されるDNA損傷応答は、心不全病態の増悪を促進することから、ミトコンドリアの機能低下およびDNA損傷応答の活性化が、心不全の発症・増悪の原因(メカニズム)として注目されています。
本研究グループは、今回、マウスの心筋細胞に豊富に発現する新規lncRNAを同定し、Caren(cardiomyocyte-enriched noncoding transcript)と命名しました。また、心筋細胞におけるCarenのRNA量は、心不全の発症や増悪につながる加齢や高血圧などの圧負荷によるストレスによって低下していることをマウスの心臓で明らかにしました。さらに、マウスを用いて心臓におけるCarenの機能を解析したところ、Carenが心臓のポンプ機能の低下を抑制することが明らかとなりました。また、加齢や圧負荷によるストレスによって心筋細胞におけるCaren RNA量が減少し、Carenによる作用が減弱することで、ミトコンドリアの機能低下およびDNA損傷応答の活性化が促進され、心不全の発症・増悪につながることが示唆されました。
さらに、病原性を持たず心筋細胞に選択的に感染し、Carenを発現することができるウイルス(アデノ随伴ウイルス)を遺伝子操作により作製し、このウイルスを人為的な操作により心不全の発症を誘導したマウスに感染させました。その結果、心筋細胞にCaren RNAを補充していない対照群のマウスに比べ、心筋細胞にCaren RNAを補充したマウスでは、心筋細胞におけるCaren RNA量が増加し、ミトコンドリア数の増加促進およびDNA損傷応答活性化の抑制が認められ、心機能低下が抑制されるなど心不全病態の進行を抑制することに成功しました。また、マウスと同様に、ヒト心筋細胞においてもCaren RNAが存在し、ヒト心不全患者の心臓組織では、Caren RNA量と心不全マーカー遺伝子の発現量が逆相関する(Caren RNA量が低い心臓組織では心不全マーカー遺伝子の発現量が高い)ことを明らかにしました。さらに、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞においてヒトCaren RNA量を減少させると、ミトコンドリアのエネルギー産生能が低下することを示しました。
研究を主導した尾池雄一教授は次のようにコメントしています。 「今回の研究成果により、心筋細胞内のCaren RNA量を増加させることが、心不全の発症・増悪の抑制につながることから、心不全に対する新規治療法開発の戦略として期待されます。マウスを用いた実験では、アデノ随伴ウイルスを用いたCaren RNAの補充療法が心不全病態の増悪抑制に有効であったことから、今後、ヒトCarenについても同様の効果が認められるかどうかを検証することが、心不全の新規治療法開発に向けて重要であると考えられます。」
本研究成果は、科学誌「Nature Communications」に令和3年5月5日(日本時間)に掲載されました。
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Source:
Sato, M., Kadomatsu, T., Miyata, K., Warren, J. S., Tian, Z., Zhu, S., ... Oike, Y. (2021). The lncRNA Caren antagonizes heart failure by inactivating DNA damage response and activating mitochondrial biogenesis. Nature Communications, 12(1). doi:10.1038/s41467-021-22735-7Journal
Nature Communications