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光をあてると高いエネルギーを保持し磁性を発現する「メビウスの帯」分子

高エネルギー化の仕組み解明で有機電子材料開発に道

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

光をあてると高いエネルギーを保持し磁性を発現する「メビウスの帯」分子 (1)

image: 図1. a) 4nメビウス芳香族性を示す有機化合物にみられるメビウスの帯状の構造とパイ電子軌道の模式図。 b) 基底状態においてメビウス芳香族性(n = 7)による安定性を示す環状分子([28]ヘキサフィリン)の構造式 view more 

Credit: Kobe University

神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの小堀康博教授、大学院生・江間文俊さんらと、京都大学大学院理学研究科の大須賀篤弘教授、大阪市立大学大学院理学研究科の佐藤和信教授、工位武治特任教授ら研究グループは、新しい電子機能性材料として開発が期待されている「メビウス芳香族」とよばれる分子について、光によって磁性を発現する活性種「励起三重項状態」の電子的な性質の詳細を、世界で初めて明らかにしました。この高いエネルギー状態の電子的特性が、今後、有機太陽電池や光、電気伝導性材料など、種々の開発に役立つことが期待されます。

この研究成果は、5月10日(日本時間)に、アメリカ化学会「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載されました。

ポイント

  • 近年、有機太陽電池など環境負荷のない有機デバイスが注目され、「電子励起状態」の性質を生かした機能性有機材料の開発に期待が高まっている。
  • 「メビウス芳香族性」をもつ分子が光照射で生成し磁性(電子スピン)を発現する「励起三重項状態」について、その電子構造はこれまで解明されていなかった。
  • 本研究では、時間分解電子スピン共鳴法※1を用い、「励起三重項状態」の電子構造の詳細から、高エネルギー状態を与える「メビウス反芳香族性」のしくみを世界で初めて解明した。

研究の背景

「メビウスの帯」のようにねじれた環状の骨格構造を持つ共役系分子はメビウス芳香族とよばれ、その特殊な構造(図1)から新しい機能性材料としての応用が期待されています。

芳香族性は、1931年にHückelによって報告された「ヒュッケル則」に基づき実証されてきた性質です。これは、芳香族性による有機化合物の安定化条件として、「ベンゼンのように平面環状パイ共役系が(4n + 2)個のパイ電子をもっていること」を示すものです。これに対し、メビウスの帯の上に配置されたp軌道の位相が一周したときに逆位相のp軌道に戻るような「メビウストポロジー」(図1a)を持つパイ共役系分子では、(4n)個のパイ電子を持つ分子が安定な芳香族性を示すことが示され[1]、「メビウス芳香族性」として脚光を浴びるようになりました。芳香族性をもつ分子を光で励起した場合に生じる電子励起状態については、エネルギーが高く不安定な性質を表す「反芳香族性」を示すことが知られています[2]。

近年、有機化学の分野においてこのようなトポロジーの概念の重要性が認知されるようになると共に、有機薄膜太陽電池や有機電界発光素子をはじめとする環境負荷のない有機デバイス開発が大きな注目を浴びるようになり、電子励起状態の電子的性質を生かした新しい機能性有機材料の開発に一層の期待が高まっています。しかしながら、この特異な環状骨格構造を持つ共役系分子の光照射で生成し磁性を発現する「励起三重項状態」については、電子構造が未だに明らかになっておらず、反芳香族性をどのように発現するかについての機構解明が望まれていました。

研究の内容

本研究では、外部磁場存在下で反応中間体の磁気的性質をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法を用いて、28個のパイ電子を持ちメビウス芳香族性を示す環状分子([28]ヘキサフィリン)の励起三重項状態を観測しました。

合成された試料[28]ヘキサフィリン(図1b)に対してパルスレーザー光を照射し、生成した励起三重項状態の磁性に関わる電子スピンと外部磁場の磁気エネルギーによる電子スピン共鳴信号をパルス照射後1000万分の1秒の精度で検出しました(図2a)。また、このパルスレーザー光の偏光方向(L)を外部磁場の空間的方向(B0)に対して変化させ電子スピン共鳴信号を検出する「磁場方向選別光励起法」を適用し(図2a)、中間体として光照射直後に生成した三重項スピンの立体的配置を明らかにすると共に、三重項スピン副準位に対する緩和過程をスナップショットのように1000万分の1秒の精度で求めました。この計測と、スピンの磁気的相互作用を考慮に入れた磁気共鳴スペクトルの解析により、三重項状態を構成する二つの不対電子を収容する電子軌道を説明するための双極子間相互作用の主軸方向(X,Y,Z)を正確に求めました(図2b)。さらにこの励起三重項の特定のスピン準位が磁性を持たない安定な基底状態へと高速な緩和過程を起こす性質から、ねじれた環状分子内にて互いに直交した電子軌道間で電荷を離して局在化する「電荷移動性」を含むことが明らかになりました(図2c)。これは、この電荷移動性が電子同士のスピン交換力で生まれる安定化を妨げ、高エネルギー状態を与えることを示すものであり、強い反芳香族性を与える起源となっていることを証明しました。

今後の展開

今回の計測・解析で明らかになった磁性を伴う高エネルギー状態の電子構造は、磁性を発現しない活性種である励起一重項状態とは大きく異なり、電子分布を環状骨格の一部分に局在化させていることが判明しました。さらに、互いに直交した電子軌道間で電荷を離して局在化する「電荷移動性」を含むことが明らかになり(図2c)、この直交性から生じた軌道角運動量(LZ)の変化が高速な基底状態への失活につながることも実証されました。このような軌道の直交性はねじれたメビウストポロジーにのみ発現する特徴でもあることから、軌道角運動量に起因したスピン選択的失活過程は、新しい反芳香族性の指標や励起状態構造解析のツールになるものと考えられます。今回観測された励起三重項状態は、高い活性を持った反芳香族性を示すことが実証されたことから、今後の機能性有機化合物の開発に大きな契機を与えることが期待されます。

また、このような活性の高い励起状態の電子的特性を利用することにより、今後の有機太陽電池や光、電気伝導性材料など、多方面での電子機能性材料への応用に活かすことが可能になるものと考えられ、この原理の応用によるエネルギー問題、環境問題の解決も期待されます。

用語解説

※1時間分解電子スピン共鳴法: 化学反応や光励起により生まれた中間体分子は、電子の自転運動(スピン)で生じる磁石の性質を持つことがある。この磁気エネルギーが、電磁石で発生させた外部磁場や中間体の磁気エネルギーによって影響を受ける様子をマイクロ波で検出する手法のこと。時間分解電子スピン共鳴法では、ナノ秒(ナノ秒は10億分の1秒)パルス光の照射直後に生成する不安定な中間体を、100ナノ秒単位の連続撮影のように観測することができる。

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