image: 電波望遠鏡を構成するパラボラアンテナで集められた電波は、左のアンテナから電子回路に入り、細長い回路を伝って右側に流れていきます。その先にはフィルターバンクがいくつも並んでいて、それぞれ特定の周波数の電波だけを取り出します。取り出された電波は写真上方に進み、MKIDでその強度が測定されます。チップの大きさは、4cm�1.5cmです。 view more
Credit: Delft University of Technology
デルフト工科大学(オランダ)の遠藤光(えんどうあきら)助教と名古屋大学の田村陽一准教授、東京大学の河野孝太郎教授らの国際研究チームは、最先端の超伝導技術を駆使して全く新しい仕組みの電波受信機DESHIMAを開発し、それを国立天文台がチリ共和国で運用するアステ望遠鏡に搭載することにより、天体からの電波観測に成功しました。DESHIMAは、非常に広い周波数帯域の電波を一度に受信しながら、これを分光することができるのが大きな特徴で、従来の電波受信機ではこの両立は大変困難でした。DESHIMAを使った今回の試験観測では、遠方にある銀河までの距離を効率よく計測することができることが実証されたほか、オリオン大星雲に含まれる分子の種類と分布を明らかにできる高い能力も確認されました。DESHIMAが実証に成功した世界初の技術を応用して本格的な電波分光撮像カメラを開発することで、遠方銀河研究から天の川銀河内の星形成領域研究に至るさまざまな分野において、新たな研究が花開くことが期待できます。
DESHIMAの概要
DESHIMAは、オランダのデルフト工科大学・オランダ宇宙研究所SRON・ライデン大学と、東京大学・国立天文台・名古屋大学・北海道大学・埼玉大学をはじめとする日本の研究チームが共同で開発した電波観測装置です。DESHIMAという名前はDeep Spectroscopic High-redshift Mapperの略称ですが、江戸時代にオランダと日本の交流の窓口であった長崎県の出島にもちなんでいます。
DESHIMAの特徴は、これまでの電波観測装置に比べて圧倒的に広い周波数帯の電波を一度に観測し、しかも、その電波を複数の周波数帯に分けて(分光)それぞれの強度を測定できることです。DESHIMAが一度に観測できる周波数幅(332~377 GHz)は、アルマ望遠鏡に搭載されている受信機が一度に観測できる周波数幅の5倍以上にも相当します。広い周波数帯域と中程度の分光性能(周波数分解能)を持つDESHIMAは、狭い周波数帯域を高い周波数分解能で分光する従来の受信機と相補的な役割を果たし、多様な電波天文観測を実現することが期待されています。 広帯域分光観測の意義
広い周波数帯の電波を一度に分光する能力は、何億光年もの彼方にある銀河の距離を効率よく測定するために重要です。宇宙は膨張しているため、遠くの天体からやってくる電磁波は、地球に届くまでの間に宇宙膨張によって、その波長が引き伸ばされます。この波長の伸び(周波数の低下)を、赤方偏移と呼びます。赤方偏移を測定することで、電磁波を発した天体までの距離を測定することができます。銀河の距離をもとに作られる宇宙の3次元地図は、宇宙の成り立ちや銀河の進化を探る重要な手がかりになります。
ただし、ひとつの分子・原子からの特定の電磁波だけを観測したのでは、赤方偏移を測ることができません。もともとどの周波数の電波だったのかがわからないためです。これを解決するには、複数の分子・原子からの電磁波を捉える必要があります。また、可視光赤外線撮像観測で測定された大まかな赤方偏移の精度を上げたい場合、可視光赤外線観測で求められた赤方偏移の誤差範囲をしらみつぶしに観測しなければなりません。そのためには、幅広い周波数帯域の電波を観測することが重要になりますが、一度に観測できる周波数帯域が狭い従来の受信機では、必要な周波数帯域をカバーするには少しずつ周波数を変えながら観測を繰り返す必要があるため、完了までに長い時間が必要でした。 DESHIMAの技術
一度に幅広い周波数帯の電波を分光観測することができるDESHIMAは、従来の電波受信機の課題を克服した画期的な電波受信機であり、その実現には、独創的なアイディアとそれを実現するナノテクノロジーが必要不可欠でした。DESHIMAのカギになる技術は、電波を波長ごとに分ける「フィルターバンク」と、電波を超高感度で受信するMKID(Microwave Kinetic Inductance Detectors)です。DESHIMAは、これらの技術を組み合わせた世界初の観測装置です。
フィルターバンクは、電波を周波数ごとに分ける装置として古くから電波望遠鏡に使われてきました。DESHIMAでは、このフィルターバンクを電子回路上に構築することで、圧倒的な小型化に成功しました。電子回路はマイナス273℃(絶対温度0.12ケルビン)まで冷却され、超伝導状態になった窒化ニオブチタンの配線内を電波が通ります。その通り道に隣り合うようにいくつも並んだつづら折りの配線が、電波の周波数を選ぶフィルターの役割を果たし、電波は周波数ごとに枝分かれして回路の中を進みます。いわば、運送会社のベルトコンベアで配送先ごとに荷物が仕分けされているようなイメージです。
周波数ごとに仕分けされた電波を待っているのは、MKIDと呼ばれる検出素子です。MKIDは極めて微弱な電磁波を高い感度で捉えることができる超伝導素子で、電波の中でも特に波長の短いサブミリ波や遠赤外線を検出する次世代の観測装置において重要な役割を果たすと期待されています。
DESHIMAによる試験観測結果
DESHIMAは、チリ共和国のアタカマ高地(標高4860m)に設置された国立天文台のアステ望遠鏡(口径10m)に搭載され、2017年10月から11月にかけて、初めての試験観測が行われました。この試験にいたるまでには、DESHIMAの搭載や光学系の調整、超伝導素子の冷却、信号処理やデータ解析法など、国立天文台の大島泰助教、東京大学の竹腰達哉特任助教、名古屋大学の谷口暁星研究員らが蓄積した技術的ノウハウが活かされました。
今回の試験観測では、地球からの距離およそ2.9億光年にある銀河VV 114が観測対象に選ばれました。観測の結果、周波数およそ340 GHzに一酸化炭素分子が放つ電波が検出されました。この銀河は既に過去の観測で赤方偏移が測定されており、DESHIMAでも確かに同じ周波数に電波が検出されたことで、DESHIMAの技術が実際に天体までの距離測定に使えることが実証されました。
さらに、オリオン大星雲の観測も行われました。オリオン大星雲では多様な分子からの電波がすでに検出されていますが、DESHIMAは一度に3つの分子(一酸化炭素CO、ホルミルイオンHCO+、シアン化水素HCN)からの電波を検出することに成功しました。またオリオン大星雲は大きく広がっている天体ですが、望遠鏡全体を振って空をスキャンすることで、星雲内の分子の分布も同時に描き出すことができました。DESHIMAの広帯域分光能力が実証された観測結果といえます。
DESHIMAの今後
DESHIMA開発チームでは、今回の初観測の成功を受けて、さらなる性能の向上を目指しています。感度の向上や周波数帯の拡大に加え、現在の1画素から16画素の電波分光撮像カメラに拡張することも検討されており、実現すれば宇宙の3次元地図をより効率的に作り上げることができるでしょう。宇宙初期の銀河ではどのように星ができていたのか、銀河がどのように成長してきたのか、こうした謎に立ち向かう強力な道具として、DESHIMAは大きな期待を受けています。
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Journal
Nature Astronomy