東京医科歯科大学難治疾患研究所免疫疾患分野の鍔田武志教授と赤津ちづる特任助教の研究グループおよび同 分子構造情報学分野の伊藤暢聡教授と沼本修孝助教の研究グループは産業技術総合研究所との共同研究で、代表的な自己免疫疾患の1つ全身性エリテマトーデス(SLE)の発症を抑制するメカニズムの解明に成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌The Journal of Experimental Medicine (ジャーナル・オブ・エキスペリメンタル・メディシン)に、2016年10月24日正午(米国東部夏時間)にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
SLEは自己免疫疾患の中では有病率が高く、わが国での患者数は数万人に上ります。慢性の疾患で継続的な治療が必要であり、主にステロイド剤や免疫抑制剤による治療が行われていますが、これらの治療法は免疫の全般的な抑制や代謝の異常などの種々の副作用をきたすため、疾患の病態に則した副作用のない治療法の開発が待ち望まれています。
SLEでは核酸など核内分子に対する自己抗体が産生され、この自己抗体により腎臓など種々の臓器の障害をきたします。核酸にはもともと免疫細胞を活性化する作用があり、この作用により核酸を含む核内分子に対する自己抗体産生細胞が活性化し、SLEの発症に関わる自己抗体の産生がおこることが示されています。とりわけRNAと核タンパク質の複合体であるSm/RNPへの自己抗体(抗Sm/RNP抗体)はSLEの発症で重要な役割を果たすことが示されていますが、Sm/RNPは先天免疫レセプターTLR7を介して免疫細胞を活性化することで、抗Sm/RNP抗体の産生がおこります。
核酸による免疫細胞の活性化は、免疫システムがウイルスを認識し、ウイルスを排除する際に利用されますが、核酸は動物細胞も存在し、核酸への反応が核内分子への自己抗体産生に引き起こすという負の側面も存在します。動物細胞の産生する核酸とウイルスの核酸を区別する仕組みが明らかになれば、自己の核酸への免疫反応のみを抑制することで、ウイルス感染への抵抗性を損なわずにSLEを治療することができます。しかし、これまでに自己の核酸と動物の核酸を区別する仕組みの存在は明らかではありませんでした。
【研究成果の概要】
研究グループはBリンパ球が発現する抑制性の膜分子CD72が、SLE発症に重要な核内自己抗原Sm/RNP(核酸と核タンパク質の複合体)に特異的に結合することを明らかにし、さらに、マウスを用いた解析によりCD72がSm/RNPによる免疫細胞の活性化およびSm/RNPへの自己抗体産生を抑制し、SLE発症を防止していることを明らかにしました。一方、Sm/RNPと同様にTLR7を介して免疫細胞を活性化する合成TLR7リガンドのイミキモドへの反応性はCD72によって抑制されませんでした。
【研究成果の意義】
今回、SLE発症の際に重要な自己抗原Sm/RNPへの免疫応答を抑制する仕組みの存在をはじめて明らかにし、この抑制の仕組みにおいてCD72がSm/RNPを検知するレセプターとして働くことを明らかにしました。疾患発症に関わる特定の自己抗原への免疫応答を抑制する仕組みについては、今回の発見が最初のものです。また、病原体由来の核酸と自己細胞由来の核酸をTLR7などの先天免疫レセプターが単独で区別することは困難ですが、CD72によって微生物由来の核酸と自己の核酸が区別されることを明らかにしました。このことは、免疫システムに必須の自己と微生物の区別についてのこれまでに知られていなかった全く新しい仕組みを明らかにしたことになります。また、この仕組みはSLEでの自己抗体産生を特異的に制御するものですので、この仕組みの増強に成功すれば、病原体への免疫応答は抑制せずに、SLEでの自己免疫応答のみを抑制することができ、副作用のないSLEの治療法の開発に道を開くものです。
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Journal
Journal of Experimental Medicine