OIST研究ユニット紹介-「脳のダウンロード」を試みるデータサイエンティスト
ジェラルド・パオ准教授が率いる研究チームが、生物学的データ分析を新たな次元に導ききます。
Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University
データから相関関係を探すのは生物学者の日常業務です。相関関係は因果関係を意味するわけではありませんが、それがさらなる実験の出発点となる可能性があります。あるシステムにおいて、ある因子を操作することで反応が変化した場合、科学者はそこに因果関係があると考えます。ただ、このよく検証されているアプローチは、システムが複雑になると、問題を生じ始めます。
水槽の中で魚が方向や速度を変えながら自由に泳ぎ回るのを想像してみてください。科学者が水槽の中の魚の10枚の静止画像を入手し、画像の再構成を試みます。魚の動きは複雑で素早いので、単に画像を平均化して再構成しようとすると、魚の体はぼやけた形になってしまいます。「これが統計学の問題点です。システムが静止状態でも平衡状態でもない場合、鮮明な画像を得ることはできません。私たちは、内在する関係性が均衡していない場合でも、統計分析のために問題を線形化しようとすることが多く、その結果、ぼやけたイメージしか得られないのです」とジェラルド・パオ准教授は説明します。
時系列に基づくデータセット分析方法の開発と応用は、2023年春にOISTに開設されたジェラルド・パオ准教授率いる生物の非線形力学データサイエンス研究ユニットの中心課題です。同ユニットの研究チームは、「因果圧縮」と呼ばれる数学的手法を用いて、相関関係のないもの同士に因果関係を見いだします。
例えば、細胞周期は、様々な入力信号に依存しながら円滑に機能しています。細胞周期を維持するためには、異なる遺伝子の産物が不可欠ですが、単独でそのプロセスを十分に行える遺伝子はありません。従来の統計分析では、ある時点において、遺伝子発現と細胞がサイクルの次の段階に進むことの間には相関関係がないと示されます。しかし、パオ教授は次のように指摘します。「同じ遺伝子の時系列データを記録してみたところ、細胞周期についての予測を可能にする因果関係を発見しました。これまで科学者が用いてきた方法では、こうしたことがしばしば見落とされがちです。」
同ユニットでは、この手法を用いてコンピュータモデルを構築し、ミバエの行動をシミュレーションしました。研究では、神経細胞の活動を記録したデータを基にモデルを訓練し、仮想のハエは現実のハエのように行動し、驚くほど正確に脳のパターン活動を模倣しました。
生きたハエを用いてハエの動きを記録する実験中、ハエは発泡スチロールのボールの上を自由に動き回り、時々静止します。モデルを訓練する際には、ハエが活発に動いている間のデータ記録のみを使用しました。「ハエが静止している間のデータは含まれていませんでしたが、仮想のハエは同じ行動パターンを示し、ボール上を移動する間に長い休みを取りました」とパオ准教授は話します。
時系列を使用することで、研究チームは問題の一部分から離れ、あらゆる段階で問題を検討することができるようになります。現在、チームはこのアプローチを人間の脳の「ダウンロード」にも応用したいと考えています。しかし、人間の脳のモデルを構築するために必要なデータを取得するのは至難の業です。現在、神経細胞の機能データを取得する最先端の方法は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)です。この機器は、脳内の血流を測定し、特定の瞬間にどの領域が活動しているかを判断します。データサイエンティストにとって、この方法は、時間解像度・空間解像度が低く、単一のニューロンを区別できなかったり、ある領域が活性化機能を持つのか抑制機能を持つのかを解釈するのが難しいなど、いくつかの欠点があります。
この困難な目標を達成するためには、まず、より良いデータを取得する方法を確立しなければなりません。「現在、私たちは哺乳類の脳を『透明化』する作業に取り組んでいます。これにより、単一ニューロンレベルの活動を測定できるようになります」とパオ准教授は説明します。
物体が光を散乱させると、その物体は不透明になります。水や空気は透明ですが、雲は透明ではありません。雲の中の水や空気は異なる光学的密度を持っているためで、これは屈折率によって定量化されます。「細胞内では、細胞膜と細胞質の間で屈折率が異なるため、光が散乱されます」とパオ准教授は説明します。そのため、個々の細胞や臓器は不透明になります。そこで、屈折率の差を減らし、光の散乱を抑える物質で細胞が満たされると、細胞は半透明になります。しかし、残念ながら、この原理に基づく一般的な方法では、細胞は死滅してしまいます。屈折率を一致させる物質を細胞内に入れるには、細胞膜に穴を開ける必要があり、細胞は死んでしまうのです。
パオ准教授の研究チームは、イリドフォア(虹色素胞)と呼ばれる構造を持つリフレクチン(イカの皮膚に存在するタンパク質)を基に、細胞を殺さずに半透明にする新しいアプローチを開発しました。「このタンパク質から、細胞膜と類似した屈折率を持つナノ粒子を開発しました」とパオ准教授は話します。ナノ粒子は可視光の波長よりも小さいので、それ自体は光を散乱させません。この特性は、原理上、生きた細胞を半透明にするのに適したアプローチとなります。
パオ准教授は研究内容と同様に、その道のりも異色の科学者です。科学に興味を持ったきっかけは、小学5年生のときに見たDNA複製に関するドキュメンタリーでした。それ以降、科学への関心は尽きることがありません。分子生物学と生物物理学を組み合わせた学部の学位を取得後、ワシントン大学で医学博士の学位、ソーク研究所で博士号を取得しました。最終的に、理論生態学に関するある論文を読んだことが、パオ准教授のキャリアを予想外の方向へと導くことになります。
世界最古の海洋学研究機関、スクリップス海洋研究所のジョージ・スギハラ教授は論文で、実験を行わなくても時系列データから因果関係を検出できることを示しました。「この論文は、私が世界をどうとらえるかを変えました」とパオ准教授は話します。パオ准教授は、スギハラ教授に連絡を取り、彼の応用数学研究室にポスドク研究員として加わりました。このように分野を変更したことで、意気盛んな若手科学者だったパオ准教授はすぐに謙虚な気持ちになりました。「ゼロからのスタートでした。分子生物学の研究者としてはそれなりの実績がありましたが、数学に関してはゼロから始めなければなりませんでした。しかし、この型破りな経歴のおかげで、異なる視点とツール一式を手に入れ、独自の解決策を見いだすことができるようになりました」と当時を振り返ります。
OISTの学際的な環境は、パオ准教授が新しい研究室を立ち上げるのに最適でした。パオ准教授はすぐに、神経科学やナノマテリアルなど、複数の研究ユニットと共同研究を立ち上げました。このアプローチにより、従来の統計学だけでは得られなかった成果を時系列データから引き出すことができます。「各ユニットが連携することで、単独では得られない成果を得られるでしょう」とパオ准教授は話します。
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