Feature Story | 23-Oct-2024

地域社会とともに-「らぶはび」が従来のADHDの介入研究パラダイムに一石を投じる

日本のADHD当事者や関係者と、ポジティブ行動支援を共創する取り組み

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

昨年の秋のことです。OISTの発達神経生物学ユニットおよびOISTこども研究所のグループリーダーである古川絵美博士は、The EUropean NETwork for HYperkinetic DISorder (EUNETHYDIS)の学会に出席していました。EUNETHYDISは、主にヨーロッパからのADHD(注意欠如多動症)研究者が参加している、大規模で密なネットワークです。昨年は、発達神経生物学ユニットを率いているゲイル・トリップ教授が、日本、米国、ニュージーランドの子どもたちが、罰に対してどのような反応を示すかに関する実験結果を発表しました。会場では、ADHDの介入を多様な文化特性に適応させる必要性について議論が巻き起こりました。そしてある研究者からは、「日本文化から、世界に輸出できる介入内容はありますか?」という質問が上がりました。

その予期せぬ質問は、会議が終わった後も、古川博士の心にずっと残っていました。「その質問をされたとき、私たちは良い答えが思いつきませんでした。なぜなら、ADHDを持つ子どもを対象とした介入プログラムの多くは通常、西洋の文化圏で開発され、翻訳されて日本に輸入されているからです」と古川博士は言います。「私たちのユニットでは、介入の研究をする際に、常に日本文化への適用性や文化の違いに注意を払ってきました。ただ、世界と共有できるポジティブな日本の子育てや価値観もあるのではと思いました。」  

当時、ADHDの子どもの家族がポジティブな行動習慣を身につけることを支援するプログラムの開発はすでに進行中でした。同ユニットで行っている、地域参加型研究「らぶはび」の活動の一つです。

そしてこの度、古川博士らは、心・体・環境の健康を基盤とした持続可能型社会の実現を目指すOISTのCOI-NEXT資金援助を受けたことで、日本の家族の体験に焦点を当て、その声を聞き、尊重しながら、らぶはびの支援プログラムに組み込むことにしました。

「私たちは、ADHDの傾向を示す子どもたちに対して、より効果的な行動介入ができるように改善していきたいと考えています。 しかし、その過程で、家庭や学校、その他の地域社会でその子どもたちを支えている人たちの声を聞くようにしたいのです。 そうすることで、実験結果に基づき、地域の人々が望んでいることと一致したサポートの方法を提案することができると考えました」と古川博士は説明します。

研究チームは、およそ15分間のアンケートを通じて、ニューロ・ダイバージェントな(脳や神経の特性に多様性がみられる)子どもたち、特にADHDを持つ子どもたちを支援する効果的な方法を集めています。このアンケートでは、地域の保護者や支援者の方々が、不注意、多動性、衝動性といった行動を示す子どもたちとどのように関わっているか回答してもらっています。さらに、ADHDを持つ大人たちから、自身の子ども時代を振り返ってもらい、その経験についても集めています。アンケートの回答は、らぶはびアンケートサイト上に匿名で公開されており、誰もでも自由にアクセスできるようになっています。

研究チームは、らぶはびが、地域社会において、日常生活や子育ての中で実際に使えるツールを提案することを目指しています。「心理学の分野では、調査環境という様々な条件がコントロールされた状況下で、介入効果が検証されてきました。しかし、そのようにして開発された介入方法は、支援提供者や親、ADHDを持つ人々が、日々の中で実際に取り入れるには難しい場合があることもわかってきています」と古川博士は話します。「つまり、介入内容を考える過程で、ADHD当事者や関係者の意見を取り入れる必要性がより強く認識されるようになってきたのです。」

「ADHDを持つ子どもや、その親たちは、支援を受けている、という受け取り側としての感覚を持つこと持つことが多いかもしれませんが、実際には彼ら自身が、多様な視点から社会に対して影響を与えることができると思います」と博士は続けます。「専門家といった垣根をなくし、より良い社会を目指す対等な関係の一員として、科学や他者の成功に影響を及ぼすことが出来るはずです。」

らぶはびはまた、ADHDとその診断に対する偏見を最小限に抑えることを目指しています。地域の人々と情報を共有する場を設けることで、支援を求めやすい環境が作られます。「みなさんに自分の経験を共有してもらうよう働きかけることによって、ADHDは恥じたり隠したりする必要はないというメッセージにもなります」と古川博士は言います。「ADHDの心理社会的療法は、必ずしも子どもを変えようとするものではなく、子どもが実力を発揮し、ポジティブな行動を取れるような環境を作り出すものなのです。」

らぶはびの研究に参加している、リサーチフェローの小口真奈博士は、らぶはびの主な目標の一つは、親やADHDを持つ人々のための相互交流ネットワークの構築であると述べています。

「沖縄県に住んでいらっしゃる関係者の方にインタビューした際に、同じような辛さを抱く人とつながることの難しさを話される方々がいらっしゃいました」と小口博士は話します。「日本では、発達障害に関する知識は、親や教師、支援者に徐々に広まってきています。10年前は、そのような知識は限られていました。アンケートに回答いただいた方の多くが30歳以上なので、ADHDと向き合いながら、経験を共有することが難しいまま、様々な困難を抱えてこられたと思います。らぶはびを通して、ネットワークが作られることで、少しでも気持ちや経験が共有できる場が増えることを願っています。」

らぶはびの今後の展開として、古川博士と小口博士は現在、モバイルメッセンジャーアプリ「LINE」を通じて子育ての方法を共有するプログラムを開発中です。従来型の対面式のトレーニングプログラムもありますが、一部の親たちにとっては、そのような支援サービスを利用することが難しい場合があります。らぶはびでは、短いアニメーション動画を活用することで、より幅広い層にポジティブな行動支援アプローチを普及させ、その効果を評価していく予定です。研究チームは、保護者や幼稚園の先生たちと話し合いながら、ビデオの脚本やアニメのキャラクターの声を録音するといった活動を進めていきました。「共に創り上げていくことで、プログラムがより分かりやすく、使いやすいものとなると同時に、地域社会の方々を力づけることにもなれば嬉しいです」と古川博士は話します。

らぶはびのチームは最終的に、このプログラムが保護者、支援専門家、ADHDを持つ人々、その他関係者からなる地域社会とともに成長することを望んでいます。

「従来の研究過程では、介入を開発し、その効果検証を行い、完成させた上で、地域社会で実装してきました。このプロセスには、どうしても柔軟性が欠けてしまうのです」と古川博士は言います。「しかし、時代は変わり、人々は新しい知識を蓄え、支援方法を見つけ、新たな実験結果を得ています。そのため、地域社会の人々のニーズの変化を反映し、継続的に発展していく、エビデンスに基づいた支援プログラムを開発していきたいと考えています。」

研究チームは、ADHDを持つ方々や、保護者、支援者のみなさんに、日本語、英語、ポルトガル語でらぶはびアンケートへの協力を募っています。

執筆 アイテック・アブドゥラ

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