Feature Story | 25-Mar-2024

バイオ工学でカーボンニュートラル実現に貢献

実験を自動化しスマートセルの研究開発を加速

Kobe University

カーボンニュートラル、SDGs (持続可能な開発目標)、ESG (環境・社会・ガバナンス) 経営など、地球環境を守る取り組みを促す言葉を耳にしない日はない。2050年までに温室効果ガス排出量と吸収量を均衡化する日本政府などの目標を達成するために、大きな技術的ブレークスルーが期待されている。先端バイオ工学研究センター長の蓮沼誠久教授 (応用生物化学、代謝工学) は、酵母菌や大腸菌等を遺伝子操作で改良した「スマートセル」を使って、高効率に石油代替の有用物質や高付加価値の機能性物質を生産するバイオ工学を先導する研究者だ。バイオ技術とデジタル技術を融合した異分野共創型の次世代バイオリファイナリーの構築に取り組む蓮沼教授に、これまでの歩みと研究最前線について聞いた。

醗酵学から研究をスタート

大学で醗酵工学を学ばれたのが研究生活のスタートですね。きっかけは何だったのでしょうか。

蓮沼教授:出身高校の恩師 (化学) から「これからはバイオの時代」と言われたことに影響を受け、「化学をベースに分子レベルで生物を研究し、さらにその研究成果を応用に活かしたい」と、バイオテクノロジーに興味を持ちました。醗酵学の中心だった大阪大学工学部応用生物工学科に入学し、大学院博士課程まで進みました。微生物系のバイオテクノロジーのルーツは、酒や味噌・醬油などの醸造学、醗酵学に行きつくのです。

阪大の学生・院生、地球環境産業技術研究機構 (RITE) の研究員として、CO2 (二酸化炭素) 削減のため、植物バイオテクノロジーを研究し、植生拡大によるCO2低減や物質生産に関する研究テーマに取り組みました。しかし高等植物は根、幹、葉などの器官を持つ複雑な構造体で、その改良には長い時間がかかります。RITEの研究方針が変わったこともあり、できるだけシンプルな生物である微生物を対象に、細胞レベルの研究にシフトしました。

そこで神戸大学に移られた。

蓮沼教授: ちょうど私が神戸大学に着任した2008年ごろ、神戸大学元学長の福田秀樹先生、科学技術イノベーション研究科の初代研究科長を務められた近藤昭彦副学長がiBioK (Innovative Bio production Kobe、アイ・バイオ・ケー) という先端融合プロジェクトを開始しました。JST (科学技術振興機構) から11年間で数十億円規模の補助を受けて、日本中の優秀な研究者を神戸大学に集め、十数社の企業も参加してバイオリファイナリーの研究開発に取り組みました。バイオマス (植物) の前処理、微生物の育種、醗酵 (物質生産)、有用物質の分離・回収からなるバリューチェーンの構築に関わってきました。

遺伝子操作で高効率なスマートセル開発

バイオリファイナリーとはどのようなものなのでしょうか。

蓮沼教授:持続可能な存在である植物を原料として、燃料や石油化学製品の代替品を生産する、環境にやさしい技術です。キモは醗酵の技術で、生物の働きを高めないと実用化は難しいのです。実は1990年代にモデル生物の遺伝子配列をすべて解読するゲノム解析が実現し、バイオブームとも呼べる期待が高まり、化学企業、エネルギー企業なども注目しました。ところが実際にバイオ生産に取り組んでみると、思ったように生物の制御ができなかったり、コストが下がらなかったため、2000年ごろにはブームは下火になりました。その後、ゲノム改変の技術が進歩し、微生物を精密に制御できるようになった一方、2015年に締結されたパリ協定や国連で採択されたSDGsなど、世界の環境問題に対する感度が高まったことを背景に、バイオエコノミー、バイオマニュファクチャリングなどバイオ活用への期待が高まっています。

蓮沼教授も研究の中心的な役割を担われています。

蓮沼教授:微生物が有用物質を産生する効率を高めないとバイオリファイナリーを実用化することはできません。そこで、物質生産能力が最大限引き出された微生物を開発する「スマートセルプロジェクト」を私が研究開発責任者になって2016年から5年間実施しました。NEDOから数十億円の予算をいただいて、16大学、4研究機関、異分野の企業数十社が参加する、オールジャパンの体制で行いました。関連する研究は今でも継続し、さらに発展させています。

今や、人の手だけで酵母菌や大腸菌の遺伝子を操作し、培養、(生産効率の) 評価をしていては、世界の開発競争を勝ち抜くことは出来ません。実験を自動化する装置を開発し、人手による作業の10倍以上のスピードでスマートセルの開発を進めることが可能になっています。2021年末には、培養、評価からさらに進んで、次の段階の実験をデザインする自律型実験システム「Autonomous Lab」(オートノマス・ラボ) を㈱島津製作所と共同開発しています。バイオ技術、AI (人工知能)、ロボティクスなど異分野の技術、研究成果を統合して実現したもので、半導体製造工場・ファウンドリーになぞらえて、バイオファウンドリーと呼んでいます。わが国では神戸大学だけが行っている取り組みです。

国際共同研究から社会実装へ

神戸大学独自の国際共同研究強化事業に選ばれ、米国、ドイツ、フランス、英国、中国、シンガポール、台湾、南アフリカなどの大学との共同研究にも取り組まれます。

蓮沼教授:研究の領域は非常に幅広く、例えばスマートセルがどのように増殖し、環境ストレスに応答するのかなど、わかっていないことがたくさんあります。世界中の研究者と協働して、足りていない知識を吸収して、研究を盛り上げていくことが重要です。神戸大学の研究が世界的なプレゼンス (存在感) を持っているからこそ、世界の一流研究者にとっても私たちと組むメリットがあるのです。日本の研究者だけではできない研究成果を、国際共同研究によって追求していきます。

研究成果の実用化=社会実装を目指して、大学発ベンチャー企業も設立されています。

蓮沼教授:科学技術イノベーション研究科の経営系の専門家の後押しを得て起業した株式会社バッカス・バイオイノベーションの技術アドバイザーを務めています。アーリー・ステージ (初期段階) の研究は大学で進め、事業化の道筋が見えてきたらバッカス社にバトンタッチします。高効率なスマートセルを実験室レベルで開発した後は、例えば、バッカス社がスマートセルを大量に培養し、工業生産に取り組む企業に展開します。燃料やプラスチックなどの石油化学製品だけでなく、化粧品やサプリメントなど、様々な物質を微生物の力で創り出す、「バイオファースト」の生産を目指したいと思っています。

次世代研究者を育て国際研究拠点に

バイオファウンドリーが本格的に動き出し、研究が加速すると期待されますが、中長期の目標をお聞かせください。

蓮沼教授:一研究者としては、生物の細胞の中で起こっている反応の仕組みを明らかにしたい、代謝の仕組みなどを分子レベルで正確に理解したいと思っています。工学者としては、ものづくりに結び付ける技術を開発して、研究成果を世の中に送り出していきたい。

しかし一番重要なのは、この分野の研究者をもっとたくさん育てることです。バイオとデジタルの両方に精通した研究者、またロボティクスに興味を持つバイオ系研究者がまったく足りていません。私はそうした異分野共創領域の若手研究者を育成し、国際的な経験を積ませることで海外の研究者とのネットワークを広げていってほしいと考えています。私自身、近藤副学長に育ててもらい、海外を含むいろいろな人たちとの人脈を築くことができました。それを次世代につなげていくことが大切な役割だと思っています。

多岐にわたる研究を融合することが重要なので、育てた人材が独自のネットワークを作り、そういう人たちが集う、国際的拠点の中心に神戸大学がなるようにしたいですね。

注釈

※ 国際共同研究強化事業 | 神戸大学 蓮沼教授はB型−国際共同研究育成型−及びC型−国際共同研究創出型−に採択されています。

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