Feature Story | 21-Mar-2024

運動することだけでなく、“分泌臓器”としての筋肉に着目

Kobe University

筋肉が分泌するエクソソームからわかること

私たちの体は、骨格に沿ってついている筋肉 (骨格筋) を収縮させることで動くようになっている。例えば腕を上げるときには、肩全体を覆う三角筋、首から背中の広い範囲をカバーする僧帽筋などが動いて腕が持ち上がる。姿勢を保っていられるのも全身の骨格筋があるからだ。このように体を動かすために使われる骨格筋が、さまざまな生理活動を調節する物質を出す“分泌臓器”でもあることはあまり知られていない。保健学研究科の前重伯壮准教授は、骨格筋が分泌する物質から健康状態を知る手法や骨格筋を刺激する方法を開発。全身の健康維持に役立てることを念頭に、骨格筋を研究している。

理学療法士、作業療法士として臨床現場でリハビリテーション医療を行ってきた経験を持つ前重伯壮准教授は、 “分泌臓器”としての骨格筋に関する研究を行ってきた。

「全身のどの臓器も、サイトカインと呼ばれる情報伝達物質や成長因子などを分泌しています。それは筋肉も同じで、筋肉を使うとマイオカインという因子が分泌されます。そんななかでも私が着目しているのは、エクソソームという袋状の物質です」と話す前重准教授。

「サイトカインや成長因子は1つのタンパク質ですが、エクソソームの中には細胞内に存在しているマイクロRNAやDNA、タンパク質、メタボライトなどの多種の物質が入っています。そのため骨格筋のエクソソームを調べると、骨格筋の状態を知ることができるのです。また、エクソソームには抗炎症効果があり、骨格筋の細胞が放出するエクソソームが全身の健康を維持するうえで重要な役割を果たしていることもわかっています」

前重准教授は米国ハーバード大学公衆衛生大学院留学時代、培養した骨格筋細胞が分泌したエクソソームが体内の掃除役であるマクロファージによる過剰な炎症を抑制することや前立腺がん細胞の増殖を抑制することを発見。現在は、骨格筋由来のエクソソームから筋肉の代謝状態を知ることを目的とした研究を進めている。

「骨格筋の代謝が低下するとエクソソームによる抗炎症効果も低下し、慢性的な炎症により起こる動脈硬化や認知症などの疾患リスクが高くなる恐れがあります。また、筋肉によるエネルギー代謝も下がるので、肥満や糖尿病などが起こりやすくなります」

そこで前重准教授は、エクソソームをマーカーとした筋肉の質の定量化を目指している。

「現時点で筋肉の状態を知るには、筋肉の量や重さ、硬さを計測する方法、あるいは画像で推測する方法しかありません。生物学的情報でより詳細に筋肉の状態がわかれば、例えば持久力に関わる因子が減少しているから筋トレをしよう、筋肉の抗酸化作用が下がっているからサプリメントで補おうというように、それぞれの状態に合わせて効果的な栄養・運動指導ができます」

全身の健康のための骨格筋刺激法も開発

前重准教授の研究室では、骨格筋のエクソソーム分泌を促す方法についても研究中だ。これまでの研究により、強い全身運動をすると分泌が増えることが明らかになった。ところが、健康維持に必要なレベルで分泌量を増やそうとするならば、ヘトヘトになるほどエアロバイクを漕ぐなど、かなり強めの運動が必要になる。それではあまり現実的ではないため、運動の代替手段として、電気刺激や超音波装置によって骨格筋に直接刺激を与える物理刺激療法を開発している。

「それならば病気や障害などで運動ができない人や高齢者でも骨格筋のエクソソーム分泌を促し、全身の健康維持に貢献できます。そもそも骨格筋は全身の臓器のなかで唯一自分の意志で動かすことができますし、成長過程に合わせて刺激の与え方をコントロールできるなど、主体的、意識的、能動的に管理できるという面で理想的な臓器です」

この研究をさらに発展させて、成長過程にある子どもの骨格筋状態を調べるバイオマーカーを確立させたいという前重准教授。骨格筋エクソソーム検査が健康診断の項目に加えられることが夢だ。

「大人になってから体を変えていくのは難しいですが、子どものうちから骨格筋の状態を知ることができれば、不健康な徴候が見られたらその都度運動や栄養を指導することで健康長寿に貢献できる。しかもこの方法は、高価な薬などに頼らず、運動と栄養を基本として健康になろうという考え方なので、SDGsの『すべての人に健康と福祉を』にも対応できると考えています」

今は骨格筋に関する基礎研究をしているが、こうした夢を抱くのは理学療法士、作業療法士として多くの患者のリハビリテーションを行ってきた前重准教授ならではといえる。加えて、神戸大学は臨床と基礎研究のどちらにとっても非常に恵まれた環境だと強調する。

「リハビリテーションというと、歩くことや動くことを目的とした臨床医学が中心ですし、そもそもリハビリテーションの基礎研究を行っている大学はかなり限られています。その点神戸大学の保健学研究科は、筋萎縮を起こす器具や実験動物用のトレッドミルなどの実験ツールが非常に充実していますし、骨格筋解剖や代謝動態分析などの技術力の高さはハーバード大学と比べても遜色ないほどです。」

前重准教授の研究室では、ハーバード大学のラボのほか、中国の大学とも共同研究を進めるなど、国際的な取り組みも積極的に進んでいる。「まだ誰もやっていないような新しいことに興味がある人に、ぜひチャレンジしてほしいと思います」

前重伯壮准教授 略歴

2004年3月 神戸大学医学部保健学科作業療法学専攻 卒業
2006年3月 神戸大学医学部保健学科理学療法学専攻 卒業
2006年4月 栄宏会土井病院リハビリテーション科 理学療法士
2008年3月 神戸大学大学院医学系研究科保健学専攻 博士前期課程修了
2011年3月 神戸大学大学院保健学研究科 博士後期課程修了
2013年11月 神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域 助教
2018年1月 米国ハーバード大学公衆衛生大学院 客員研究員
2022年8月 神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域 准教授

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