東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 病態生化学分野の渡部 徹郎教授、高橋 和樹連携研究員、小林美穂助教等の研究グループは、東京大学、新潟大学、東京薬科大学、慶應義塾大学、光州科学技術院(GIST、韓国)、ソニー株式会社との共同研究で、がんの進展に関与する内皮間葉移行の中間段階を検出できる実験系を開発しました。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)「口腔がん微小環境ネットワークシグナルの制御による多角的がん治療法の開発」(研究開発代表者:渡部徹郎)、文部科学省科学研究費補助金、東京医科歯科大学・ソニー株式会社・ソニーグループ株式会社の包括連携プログラム等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は国際科学誌Cancer Science誌に、2023年12月18日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
腫瘍組織には、がん細胞のみならず腫瘍血管やがん関連線維芽細胞(CAF)など様々な種類の細胞が存在し、がん微小環境が構成されています。がん微小環境に多く存在するトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)は、がん細胞の上皮間葉移行(EMT)※2や腫瘍血管新生※4を誘導することで、がんの悪性化を亢進します。また、研究グループはTGF-βが腫瘍血管内皮細胞からCAFを形成させ、そのCAFから産生されるTGF-β2が口腔がん細胞のEMTを誘導することでがんの悪性化を亢進することを報告しました(Yoshimatsu et al., 2020, Cancer Science)。この腫瘍血管内皮細胞が、間葉系細胞の形質を獲得する現象は「内皮間葉移行(EndoMT)」と呼ばれ、がんの進展・転移に重要な役割を果たすことが明らかとなっていますが、その詳細な分子機序については未解明な部分が多く残されています。近年では、EndoMTの中間段階(Partial EndoMT)が、がん転移や腫瘍血管新生において重要な役割を果たすことが明らかになりつつありますが、EndoMTを段階的に検出する実験系がないことが、解析を進めるための障壁となっていました。
【研究成果の概要】
そこで研究グループは、EndoMTを生体においてリアルタイムに観察し、どのような分子的イベントが起こっているかを検討するために、世界に先駆けてEndoMTレポーターマウスを作出しました。このマウスにおいては血管内皮細胞が赤色蛍光タンパク質で遺伝学的に標識され、間葉系細胞の性質を獲得すると緑色蛍光タンパク質を発現するため、EndoMTにより形成された間葉系細胞が血管内皮細胞由来であることが識別されるとともに、現在EndoMT移行中の細胞をリアルタイムで検出することが可能となっています。そこで、このEndoMTレポーターマウスから血管内皮細胞を分取して不死化したEndoMTレポーター内皮細胞を用いて、TGF-βによるEndoMT移行の各段階における細胞集団をフローサイトメーター(FACS )で分取しました。
FACSで分取した細胞集団におけるEndoMTマーカーの発現変化を検討した結果、内皮細胞(EC:TGF-β無刺激の細胞におけるVEGFR2陽性(+):SMA-GFP陰性(-)の細胞画分)と完全にEndoMTが誘導されたFull EndoMT細胞(Full:TGF-β無刺激の細胞におけるVEGFR2陰性(-):SMA-GFP陽性(+)の細胞画分)に加えて、2つのPartial EndoMT細胞集団(Tβ-ECとPartial)を見出して、EndoMTの移行(EC⇒Tβ-EC⇒Partial⇒Full)とともに段階的にVEGFR2の発現が減少し、αSMAの発現が上昇することを見出しました。さらに、Partial EndoMTを誘導する分子機構を解明するために、ECと比較して、Tβ-EC とPartialにおいて発現が上昇してFullで低下する候補因子をRNAシークエンシング結果を解析して探索し、CD40(TNF受容体ファミリーに属して炎症を惹起する作用を持つ細胞膜タンパク質)などを同定しました。CD40の発現はTβ-ECにおいて最も高く、EndoMTの進行とともに低下することから、Partial EndoMTの特異的マーカーとなることが明らかとなりました
これらの結果の臨床的な意義を検討するために、研究グループは、公共データベースに公開された10種類226人の固形がん患者の腫瘍組織を用いたシングルセルRNAシークエンシングのデータを再解析しました。その結果、腫瘍組織においては血管内皮細胞とCAFの集団に加えて、Partial EndoMTの性質を有する細胞集団が存在することを明らかにしました。また、腫瘍組織において血管内皮細胞はPartial EndoMTを経てCAFへと変容することも示されて、EndoMTががんの進展において役割を果たしていることが明らかになりました。さらに、Partial EndoMTの特異的マーカーとして同定したCD40がPartial EndoMTの細胞集団において発現していたことから、CD40が腫瘍組織においてもPartial EndoMTの特異的マーカーとなることが明らかとなりました。
【研究成果の意義】
今回の研究成果から、血管内皮細胞が、がん微小環境に豊富に存在するTGF-βによって段階的に間葉系細胞の性質を獲得して、完全なEndoMTを起こしてCAFへと分化転換することが明らかになりました。近年、がん治療の標的として、がん悪性化を制御するCAFに注目が集まっています。CAFの起源としては腫瘍組織に存在する線維芽細胞が知られていますが、血管内皮細胞から分化転換するCAFが、CAFにおける3割程度を占めるという報告もあり、TGF-βによる血管内皮細胞からCAFへの分化転換はがん治療の標的として注目を集めています。近年の研究成果から、CAFまで完全に分化転換してしまうと血管内皮細胞には戻れなくなることがわかりつつあるため、Partial EndoMTの状態の細胞の性質を理解することはCAFの形成を抑制するために重要な意義を持ちます。今回、Partial EndoMTの特異的マーカーとして同定されたCD40の機能を制御することで、がん微小環境ネットワークを標的とした新たながん治療法の開発へ応用されることが期待されます。
【用語の説明】
※1トランスフォーミング増殖因子β(transforming growth factor-β:TGF-β):線維芽細胞の形質転換を促進する因子として同定されたが、現在では多くの種類の細胞に対して増殖抑制作用を有することが明らかになっている。さらに、細胞の分化・運動などにも関与し、個体発生やがんの浸潤・転移など様々な病態生理学的現象において重要な役割を果たすことがわかっている。TGF-βはTGF-β1~3の3つのアイソフォーム(構造が類似したタンパク質のメンバー)からなるファミリーを形成している。
※2内皮間葉移行(endothelial-mesenchymal transition:EndoMT)・上皮間葉移行(epithelial-mesenchymal transition:EMT):それぞれ、内皮細胞や上皮細胞の特性を保つための遺伝子の発現が低下して周囲細胞との細胞接着機能を失うと同時に、間葉系細胞に特徴的な遺伝子の発現が上昇することで遊走・浸潤能を獲得することにより、内皮細胞・上皮細胞が間葉系様細胞に分化転換すること。個体の発生においては弁形成(EndoMT)や中胚葉形成・神経管形成(EMT)などの重要な役割を果たしているが、疾患の発症にも強く関連している。
※3 CD40(Cluster of differentiation 40):B細胞や樹状細胞、血管内皮細胞などに発現する腫瘍壊死因子受容体(Tumor Necrosis Factor Receptor)ファミリーの1つ。CD40は、T細胞に発現するCD40リガンド(CD40L)と相互作用することで、B細胞の増殖や樹状細胞の成熟などを引き起こす。血管内皮細胞において発現するCD40は血管新生やアテローム性動脈硬化症等の発症に重要な役割を果たす。
※4 腫瘍血管新生:腫瘍が成長するためには栄養と酸素を供給して老廃物・代謝産物を運び出すことが必要であり、腫瘍内への新しい血管の侵入、すなわち血管新生が必要となる。血管新生は血管内皮増殖因子(VEGF)などにより制御され、腫瘍内に侵入した新生血管はがん細胞の遠隔臓器への転移の主要経路となる。
Journal
Cancer Science
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Cells
Article Title
CD40 is expressed in the subsets of endothelial cells undergoing partial endothelial–mesenchymal transition in tumor microenvironment
COI Statement
M.I. and K. Tah. are employees of Sony Corporation. T.W. has received research funding from Sony Corporation. T.W. is an Editorial Board member of Cancer Science. All other authors declare that they have no competing interests.