東京医科歯科大学 高等研究院 炎症・感染・免疫研究室の三宅健介特任助教、伊藤潤哉大学院生(MD-PhDコース)、烏山一特別栄誉教授と教養部の中林潤教授らの研究グループは、東京理科大学 生命医科学研究所炎症・免疫難病制御部門、東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座との共同研究にて、好塩基球の分化・成熟の経路について高感度1細胞RNAシーケンスを用いて解析し、新たな好塩基球前駆細胞として「プレ好塩基球」を同定しました。プレ好塩基球が成熟した好塩基球とは異なる特性を呈することや、プレ好塩基球が寄生虫感染防御に関与することを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費基金・補助金、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、上原記念生命科学財団、かなえ医薬振興財団、大山健康財団、東京医科歯科大学 次世代研究者育成ユニット、東京医科歯科大学 重点領域研究、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムの支援のもとおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications誌に、2023年5月18日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
好塩基球は血液中に存在する白血球のわずか0.5%程度を占める非常に希少な免疫細胞です。好塩基球の存在は140年以上前から判明していたものの、最近になるまで好塩基球が生体内においてどのような役割を果たしているのかは分かっていませんでした。しかしここ10年ほどで、東京医科歯科大学 高等研究院 炎症・感染・免疫研究室の烏山一特別栄誉教授らをはじめとする複数の研究グループにより、好塩基球がアレルギーや寄生虫感染など世界的に罹患者の多い疾患において重要な役割を担うことが解明され、新しい治療ターゲットとして注目を集めています。しかし、好塩基球が生体内でどのように作られるのか(分化・成熟するのか)については未だ分からないことが多いのが現状です。好塩基球の分化・成熟の過程が解明されれば、その過程をターゲットとした治療法開発につながるため、一刻も早い研究が望まれています。
近年、細胞の遺伝子発現を1細胞レベルの精度で解析する「1細胞RNAシーケンス」技術が開発され、医学・生物学研究にブレイクスルーをもたらしています。免疫学研究においても1細胞RNAシーケンスは非常に強力な解析手法であり、この技術を駆使することで、好中球など他の免疫細胞については骨髄内での分化・成熟過程が明らかになりつつあります。好塩基球についても、1細胞RNAシーケンス技術が分化過程を解明する上で有用であることが期待されますが、同技術を用いて好塩基球を解析したという報告は未だ少ないのが現状です。
【研究成果の概要】
好塩基球をはじめとする多くの免疫細胞は、血球細胞の生まれる場である骨髄において分化・成熟したのち、血液中を循環することが分かっています。そこで、まず研究グループは好塩基球の分化過程を解析するために、血球細胞が生まれる場である骨髄と末梢組織(脾臓)に存在する好塩基球を単離し、1細胞RNAシーケンスを行いました。解析の結果、好塩基球の中には「骨髄にも末梢組織にも存在する好塩基球」と「造血の場である骨髄にのみ存在する好塩基球」が存在することが判明しました。さらにこれらの二つの集団を顕微鏡で観察したところ、「末梢組織にも存在する好塩基球」は典型的な好塩基球の形態を示していた一方で、「骨髄にのみ存在する好塩基球」は細胞核が大きく、未熟な細胞を思わせる形態を示していることが分かりました。さらなる解析により「骨髄にのみ存在する好塩基球」は成熟した好塩基球の前駆細胞であることが判明し、我々はこの前駆細胞を新たに「プレ好塩基球」と名付けました。
研究グループはさらに、プレ好塩基球が成熟した好塩基球とは機能の面で大きく異なることを発見しました。好塩基球は免疫グロブリンの一種であるIgE※3やサイトカインの一つであるインターロイキン3(IL-3)※4、細菌の構成成分であるリポ多糖※5など様々な刺激を受けて活性化し、インターロイキン4(IL-4)※4を大量に産生することで免疫反応を調節していることが知られています。そこでプレ好塩基球や成熟好塩基球を様々な刺激で活性化しIL-4の産生量を比較しました。その結果、成熟好塩基球はプレ好塩基球に比べてIgE刺激に対してより多くのIL-4を産生することが明らかになりました。一方、プレ好塩基球はIL-3などのサイトカイン刺激やリポ多糖に対する刺激に反応して、成熟好塩基球よりも多くのIL-4を産生することが判明しました。
最後に、生体内におけるプレ好塩基球の役割を調べるため、マウスに対して寄生虫の感染実験を行いました。好塩基球は寄生虫が侵入してきた肺や皮膚の病変部に集まり、炎症を制御することが報告されています。この寄生虫感染モデルにおいて、成熟した好塩基球のみならずプレ好塩基球も病変部に多数集まってくることが判明しました。さらに病変部において、プレ好塩基球が成熟した好塩基球に引けを取らない量のIL-4を産生していることもわかりました。刺激に対する反応の違いや寄生虫感染に関与することから、プレ好塩基球が単なる成熟好塩基球の幼若な段階に留まらず、免疫の実働部隊として成熟好塩基球とは異なる役割を生体内で担っていることが示唆されました。
【研究成果の意義】
研究グループは高感度1細胞RNAシーケンス技術を用いることで、成熟した好塩基球の前駆細胞「プレ好塩基球」を世界に先駆けて発見することに成功しました。さらにプレ好塩基球は幼若な細胞であるにもかかわらず、成熟好塩基球とは異なる機能を持ち、寄生虫感染時に病変部へと集まる実働部隊であるという驚くべき事実が判明しました。本研究により、今まで不明点の多かった好塩基球の分化経路が解明されると共に、プレ好塩基球という新規プレイヤーに注目した研究により、アレルギー疾患や寄生虫感染防御のさらなる病態解明と、プレ好塩基球を標的とした新規治療法の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
※1好塩基球・・・・・・・・細胞内に多量の顆粒を有する顆粒球の一種であり、顆粒が塩基性色素によく染まることから名づけられた。ヒトでもマウスでも末梢血白血球中にわずか0.5%ほどしか存在しない希少細胞であるが、ここ10年ほどでアレルギーや寄生虫感染防御に重要であることが認識されてきている。
※21細胞RNAシーケンス・・・・・・・・一つ一つの細胞に含まれるRNAを、次世代シーケンサーを用いて配列決定し、細胞内に存在するRNAの量と種類を網羅的に解析する技術。RNAの発現パターンから細胞集団を複数のグループに分類することや、細胞の分化過程を予測することが可能である。
※3IgE・・・・・・・・免疫グロブリンE(Immunoglobulin E)の略で、哺乳類にのみ存在する免疫グロブリンの一種であり、アレルギーにおける中心的な物質の一つである。好塩基球の細胞表面にはIgEの受容体が存在し、IgEを介して活性化することで、顆粒内容を放出し、炎症を誘導する。
※4インターロイキン・・・・・・・・おもに免疫細胞により産生されるタンパク質で、現在30種類以上が同定されている。インターロイキン3(IL-3)は血球系細胞の分化を促進するインターロイキンであり、好塩基球の分化・生存や活性化をひき起こす。インターロイキン4(IL-4)は好塩基球が多量に産生するタンパク質で、アレルギー疾患や寄生虫感染防御において中核となる分子である。現在IL-4の受容体を標的とした治療薬がアトピー性皮膚炎や重症喘息患者に対して用いられている。
※5リポ多糖・・・・・・・・主としてグラム陰性菌の外膜に存在する多糖類である。好塩基球などの一部の免疫細胞は、リポ多糖に反応する受容体(Toll様受容体4; TLR4)を持っており、生体内への細菌の侵入に対して素早く応答できるように備えている。
Journal
Nature Communications
Article Title
Single cell transcriptomics clarifies the basophil differentiation trajectory and identifies pre-basophils upstream of mature basophils