News Release

「 統合失調症でシナプスへの新しい自己抗体を発見 」 ― 統合失調症の自己抗体病態に基づく新しい治療法へ ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: NRXN1 is induced only in green cells (HeLa cells). Serum from patients with anti-NRXN1 autoantibody react only to green cells (framed in red). view more 

Credit: Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, TMDU

 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野の塩飽裕紀テニュアトラック准教授と髙橋英彦教授の研究グループは、東京大学、国立精神・神経医療研究センター、帝京大学、つくば国際大学との共同で、統合失調症患者さんの一部にシナプス分子neurexin 1(NRXN1) ※1に対するこれまでに報告のない自己抗体が存在することを発見しました。研究グループは2022年にシナプス分子NCAM1に対する自己抗体も統合失調症から発見しており1)、研究グループのアプローチで病態に関連する新しい自己抗体が効率よく発見できることを示したとともに、様々な病態が想定されている統合失調症のサブタイプを明らかにするバイオマーカーや、自己抗体の除去よる治療戦略の創出につながることが期待されます。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) 「脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)」、文部科学省科学研究費補助金、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益財団法人東京生化学研究会、および公益財団法人薬力学研究会などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学雑誌 Brain, Behavior, and Immunityに、2023年3月31日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 統合失調症は、幻覚・妄想などの陽性症状、うつや感情の平板化などの陰性症状、認知機能の低下などを呈し、約100人に1人が発症する比較的頻度の高い精神疾患です。現在の認可されている統合失調症の治療薬はドパミン病態※2に対するもので、ドパミン受容体の阻害薬が主体です。一方で、これらの薬物では十分に治療効果が得られない場合も少なくなく、十分な社会復帰ができなかったり、日常生活に支障をきたしたりするため、さらなる病態解明と治療法の開発が必要です。

 統合失調症は、遺伝学的にも症候学的にも多種多様で、様々な病態背景を持った患者さんがいると考えられています。脳疾患の原因は遺伝子変異に起因するものや感染症、腫瘍、血管障害など様々なものがありますが、近年、脳炎に関連してシナプスに対する自己抗体が発見されてきました。その過程で、急性に精神症状を主症状として発症する自己免疫性脳炎に関連した病態として、自己免疫性精神病の概念も提唱されました。これらを背景に、塩飽裕紀テニュアトラック准教授のチームは、精神疾患として分類される慢性の経過をたどる統合失調症の一部にも、未知のシナプス自己抗体が存在し病態を形成しているのではないかという仮説を立てて研究を行ってきました。その結果、2022年に未知のシナプス自己抗体を発見するスクリーニング系を開発しシナプス分子NCAM1に対する自己抗体を発見しています。1)

 

【研究成果の概要】

 塩飽裕紀テニュアトラック准教授のチームは、上記のスクリーニング系から、統合失調症の患者さん387名中8名(約2.1%)にシナプス分子NRXN1に対する自己抗体が存在することを明らかにしました。健常者からは抗NRXN1自己抗体は検出されませんでした。NRXN1の遺伝子変異は、統合失調症をはじめ、自閉スペクトラム症※3や知的障害の原因にもなることが報告されており、シナプスの多彩な細胞接着分子と結合する、シナプス細胞接着の中心的な分子です。抗NRXN1自己抗体は、NRXN1のこれらの分子間結合を阻害しました。さらに、抗NRXN1自己抗体を統合失調症患者さんから精製し、マウスの髄液中に投与したところ、神経活動の電気生理学特性が変化したり、シナプスが減少したり、認知機能低下や社交性の障害、プレパルス抑制※4の低下など、統合失調症に関連した行動異常がみられることが分かりました。つまり、抗NRXN1自己抗体が分子レベル、神経細胞レベル、行動レベルで病態を統合失調症に関連する病態を形成することを示しました。

【研究成果の意義】

 本研究成果でシナプス病態や行動異常の原因になる抗NRXN1自己抗体が統合失調症の一部に存在することが分かりました。抗NRXN1自己抗体が陽性の患者さんは統合失調症の約2.1%ではあるものの、研究チームで以前に報告した抗NCAM1自己抗体陽性の患者さん(約5.4%)とは別の患者さんで陽性になっているため、1)研究チームが発見した抗NRXN1自己抗体または抗NCAM1自己抗体が陽性の患者さんは約7.5%となり、統合失調症における自己抗体病態が一定の割合を占めていることがさらに明らかになりました。抗NRXN1自己抗体陽性の患者さんが、現在認可されている薬物療法に治療抵抗性であった場合、抗NRXN1自己抗体を除去する治療戦略が今後考えられ、抗NRXN1自己抗体はそのような治療を行うかどうかを判定するバイオマーカーになることも期待されます。また、自己抗体は量が多く存在すれば脳炎を誘発する可能性もあり、現在、原因不明とされる脳炎患者さんの原因にもなる可能性があり、統合失調症にとどまらない神経疾患の原因解明につながる発展性も考えらえます。

 

【用語解説】

※1neurexin 1 (NRXN1)

シナプス前終末に存在するシナプス接着分子。シナプス後膜に存在する様々なシナプス接着分子と結合し、シナプス結合の中心的な役割を担っている。

※2ドパミン病態

現在認可されている統合失調症の主たる薬物治療薬は全てドパミンD2受容体の阻害作用を有している。また、アンフェタミンなどドパミンシグナルを亢進させる薬物は統合失調症に似た幻覚や妄想を誘発する。これらから、ドパミン系の亢進が、統合失調症の重要な病態であるとされている。一方で、統合失調症の陰性症状や認知機能低下、また一部の患者さんの幻覚・妄想は、ドパミン受容体阻害薬による治療に抵抗性であり、統合失調症の全ての症状がドパミン病態で説明できるわけではないとされている。

※3自閉スペクトラム症

発達障害のひとつで、コミュニケーション能力の障害や、こだわりによる柔軟性の低下を呈する。

※4プレパルス抑制

大きな音のような強い刺激を動物に与えると驚愕反応が起こるが、その強い刺激の直前に弱い刺激を与えておくと、驚愕反応が抑制される現象。統合失調症ではプレパルス抑制が低下していることが報告されている。

【参考文献】

  1. Shiwaku H, Katayama S, Kondo K, Nakano Y, Tanaka H, Yoshioka Y, Fujita K, Tamaki H, Takebayashi H, Terasaki O, Nagase Y, Nagase T, Kubota T, Ishikawa K, Okazawa H, Takahashi H. Autoantibodies against NCAM1 from patients with schizophrenia cause schizophrenia-related behavior and changes in synapses in mice. Cell Rep Med. 2022;3(4):100597.

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