東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科)の横田隆徳教授、石橋哲准教授、李富莹研究員、市野瀬慶子大学院生、統合教育機構イノベーション人材育成部門の茂櫛薫特任教授、武田薬品工業株式会社らの研究グループは、脳梗塞においてLong non coding RNAを標的とした従来のアンチセンス核酸医薬の効果を飛躍的に向上する治療法の開発に成功しました。この研究は「脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)」、日本学術振興会(JP26282136、JP17H01548、JP20K21882)などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Molecular Therapy(IF11.454)に、2023年2月7日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
脳梗塞は世界的にも主な死因の一つであり、長期にわたる後遺症を残す病気です。脳梗塞発症後は、脳神経細胞が不可逆的なダメージに至る前の「超急性期」に有効な治療を行うことが重要です。しかしながら、血栓溶解療法などの現行の治療の恩恵を受けられる患者さんはごく一部に限られており、さらなる治療選択肢が期待されています。超急性期の脳梗塞病変部は脳血管関門(BBB)※3によるバリア機能が保たれていたり血管閉塞に伴い脳血流が極端に低下していたりすることから、病変部へ薬剤を到達させることが困難です。このため、脳梗塞治療の標的となる遺伝子は解明されつつあるものの有効な治療が実現出来ていないのが現状です。
研究グループは、従来の RNA を標的とした 1 本鎖アンチセンス核酸の効果を大幅に向上できる DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸 (2015 年 8 月 11 日にプレスリリース)を開発しました。DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を脳梗塞病巣部位に送達し標的遺伝子を制御できれば脳梗塞の病態を改善させることが可能です。研究グループは、さらに、脳梗塞超急性期における病変部位で脂質受容体の発現が増加し、虚血部位への物質送達に関与しているこ とを発見しました。つまり、DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸に脂質リガンドを結合することで薬剤が脂質受容体を介して血液中から脳実質内へ細胞内輸送されることが可能だという仮説を立て、検証を行いました。
【研究成果の概要】
脳動脈永久閉塞モデルのマウスに対して、脂質リガンド結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を脳梗塞超急性期に経静脈的に投与したところ、従来のアンチセンス核酸と比較して脳梗塞病変で飛躍的な標的遺伝子抑制効果を得られることが確認できました。また、脂質リガンドのうち、ビタミンEをリガンドに用いたDNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸では、特に脳梗塞病変部の血管や脳神経細胞に集中して薬剤が送達され、病変部位選択的に優れた標的遺伝子抑制効果を示すことを発見しました。
さらに、ビタミンE結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を投与した脳梗塞マウスでは、脳梗塞に伴う神経症状や、脳梗塞のサイズ、血管の再生なども有意に変化し、有効な治療効果が得られることも確認しました。なお、この薬剤の送達や遺伝子抑制効果には、脳梗塞部位での脂質受容体の発現の亢進が関与していることも確認できました。
また、近年、核酸医薬で臓器障害などの副作用が問題となっていますが、ビタミンE結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸は、脳梗塞マウスに投与しても肝臓や腎臓への障害は認められませんでした。
【研究成果の意義】
脳梗塞急性期に、脂質リガンド結合HDOを経静脈的に投与することで、脳梗塞病変に選択的に薬剤が送達され、高い遺伝子抑制効果並びに治療効果を示すことが確認できました。DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸技術は脳梗塞急性期治療における薬剤送達の課題を克服し得た、遺伝子制御ツールとして臨床応用されることが期待されます。
核酸医薬は脊髄筋萎縮症などに実際臨床応用され始めていますが、薬剤の投与方法は髄腔内への直接投与です。脳梗塞急性期の患者さんでは、プラスミノーゲンアクチベーターや抗血小板薬など血液を固まりにくくする薬の投与をする場合が多く、髄腔内投与は出血のリスクが高まります。脂質リガンド結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸は、経静脈的投与により投与が可能であることは合併症予防の観点からも非常に優れているといえます。
【用語の説明】
※1 DNA/RNA ヘテロ 2 本鎖核酸 (HDO)
核酸医薬としての活性を有する アンチセンス核酸核酸分子 (DNA 鎖)に対して相補的なRNA鎖を結合させた DNA/RNA ヘテロ2本鎖構造を有する、研究グループが独自に開発した新規構造の核酸医薬技術。
※2 アンチセンス核酸
細胞内に存在する RNA(mRNA、pre-RNA、miRNA など)を標的とする核酸医薬で、DNA 鎖を基本構造とし様々な化学修飾が施されている。既存の低分子医薬や抗体医薬では標的にできない細胞内の RNA を標的にすることが可能で、その標的 RNA から翻訳される疾患に係わるタンパク質量を一過性に機能を制御することが可能であることから、これまで治療法のなかった疾患の治療薬として注目されている。主な承認薬として脊髄性筋萎縮症に対するヌシネルセンや家族性ポリアミロイドニューロパチーに対するイノテルセン(米国、欧州)などがあり、現在も複数の臨床治験が進行中である。
※3 脳血液管門(BBB)
脳実質組織とそこに酸素と栄養を供給する血管との間には、血液脳関門 (BBB) と呼ばれるバリアが存在する。BBBは解剖学的には,脳毛細血管内皮細胞,アストロサイトおよびペリサイトの3種類の細胞が機能的に一体となって構築している。BBBの存在により脳組織を外因物質から保護している。多くのトランスポーターによって、栄養素(グルコース、アミノ酸など)は選択的に血液脳関門を透過する。一方で水溶性の高い物質あるいはタンパク質などの大きな分子はこの関門を透過し難く、核酸医薬自体は通過しないことがよく知られている。脳内に薬剤を送達させるには、この関門の透過することが必須である。
Journal
Molecular Therapy
Article Title
Preferential delivery of lipid-ligand conjugated DNA/RNA heteroduplex oligonucleotide to ischemic brain in hyperacute stage