東邦大学医学部地域連携感染制御学講座の塩沢綾子助教らの研究グループは、COVID-19の流行下で発信された感染予防対策に関わる情報が適切に対象者に届いているかを評価すべく、大田区の飲食サービス業者を対象にアンケート調査を実施しました。その結果、対象者の背景と利用される情報収集手段の特徴、そして情報の発信者に求められる課題が明らかになりました。 この研究成果は2023年1月17日に 公衆衛生学系の国際学術誌「Public Health in Practice」に掲載されました。
発表のポイント
- 様々な媒体から発信されたCOVID-19(注1)の感染予防対策の情報は、情報を入手しようとする対象者には十分に届いてはいない可能性が示唆されました。
- 大田区の飲食サービス業者での情報はテレビが最も多く利用され、その利用率はガイドライン(政府等からのガイドラインや指示書)を上回りました。受け取った情報は具体性に欠けたり、読み取りに時間がかかりすぎたりするという課題が見えてきました。そして、インターネットとガイドラインは60歳以上の年代で60歳未満の年代と比較して使用率が低い傾向がみられました。
- 情報の発信時には具体的な表現を用いることや紙面・画面レイアウトの改善が必要と考えられました。特に60歳以上の年齢層にはインターネットと紙媒体を組み合わせるなどのコミュニケーション手段の工夫が求められます。
発表内容
新興感染症の流行時には、健康危機管理(注2)のために情報管理が不可欠です。COVID-19の流行下で飲食サービス業者では徹底した感染予防対策(注3)が要求され、様々な媒体から発信されました。しかし、発信された情報を受け取り手である飲食サービス業者は「手に入れやすい、分かりやすい」と感じていたでしょうか。
この研究が始まる前、研究グループは大田区の飲食サービス業者から「欲しい情報にたどりつきにくい」といった声や、「入手した情報の解釈が難しい、誤解してしまっていた」といった声を聴く機会がありました。COVID-19の流行下で生じたインフォデミック(注4)の様相を呈していました。
そこで、研究グループは大田区の飲食サービス業に従事される方々を対象に、COVID-19 に対する感染予防対策のために利用する情報収集手段(テレビ、新聞、ラジオ、地域広報誌、雑誌、公共掲示板、ガイドラインや指示書、インターネット(静画・動画))とその有効性を評価することを目的として、アンケート調査を実施しました。対象者に感染予防対策のためにどのような情報収集手段を利用しているか、どの程度理解しているか、現在利用していない情報収集手段は何か、その理由は何か、等を尋ねました。
情報収集手段としてはテレビの利用が88.0%と最も多く、ガイドラインの利用は38.9%に留まりました(図1)。全ての情報収集手段において、検索した情報が分かりづらいと回答した群では、「具体的な行動が思いつかないこと」という理由が最も多くみられました。情報収集手段を利用しない理由としては、「必要な情報を抽出するのに時間がかかりすぎること」が全ての情報収集手段の中で最も高い比率となりました。年代別にみてみると、60歳以上の年代では、ガイドライン(オッズ比(OR), 0.58; 95% 信頼区間(CI),0.41–0.83)やインターネット(OR, 0.21; 95% CI, 0.14–0.30)を利用しにくい傾向がみられました。また、特に飲食可能な店舗でガイドラインを利用しない群では「必要な情報を抽出するのに時間がかかりすぎること」と感じやすい傾向(OR, 2.12; 95% CI, 1.01–4.43)にあることが分かりました。
アンケート調査の結果から、現在のCOVID-19感染予防対策に関する情報発信方法では、情報が十分に理解されなかったり、対象者に届かなかったりする可能性があることが分かりました。COVID-19の情報を対象とする相手と効率よく共有するためには、情報の発信者がより具体的な表現を用いたり、紙面や画面のレイアウトを改善したりする必要があると考えられます。また、60歳以上の年代の方たちには、COVID-19感染予防対策に関する情報はインターネット上での発信のみでは届かない可能性があるため、紙媒体も併用するなどの工夫をすることが求められます。
発表者名
塩沢 綾子(東邦大学医学部地域連携感染制御学講座 助教)
荻原 真二(東邦大学医療センター大森病院臨床検査部、
研究当時:東邦大学医学部地域連携感染制御学講座 助教)
石井 良和(東邦大学医学部地域連携感染制御学講座 教授)
舘田 一博(東邦大学医学部地域連携感染制御学講座 教授)
発表雑誌
- 雑誌名
「Public Health in Practice」(2023年1月17日)
論文タイトル
Is the information on infection prevention measures against COVID-19 reaching the target audience? A cross-sectional survey among eating and drinking services in Tokyo, Japan
著者
Ayako Shiozawa *, Shinji Ogihara, Yoshikazu Ishii, Kazuhiro Tateda
DOI番号
10.1016/j.puhip.2023.100357
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.puhip.2023.100357
用語解説
(注1)COVID-19
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされる疾患として定義され、2019年12月に中国で初めて報告された。この研究が実施された2021年10月当時は国内感染の第5波が収束しつつあり、接種対象の64.4%がワクチン接種を2回終えていた。
(注2)健康危機管理
医薬品、食中毒、感染症、飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命、健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防、拡大防止、治療等に関する業務であって、厚生労働省の所管に属するものをいう。
(注3)徹底した感染予防対策
東京都では、「徹底点検TOKYOサポート」プロジェクトが実施され、20の対策チェックポイントを設定し、チェックリストに基づき都職員及び民間委託事業者等の点検員が、直接店舗に訪問して点検を行っている。
東京都が定める基準を満たしていることが確認された場合に飲食店等感染防止徹底点検済証が発行される。
(注4)インフォデミック
英語のインフォーメーション(Information)とパンデミック(Pandemic)を組み合わせた造語。
疾病のアウトブレイク発生時に、デジタルや物理的な環境において、誤った情報や誤解を招く情報を含む情報が多すぎること。これは健康を害する可能性のある混乱や感染リスクの高くなる行動を引き起こしたり、保健当局に対する不信感を招き、公衆衛生上の対応を弱めたりする。また、人々が自分や周囲の人々の健康を守るために何をすべきかわからなくなると、アウトブレイクを激化させたり、長引かせたりする可能性がある。
Journal
Public Health in Practice
Method of Research
Observational study
Subject of Research
People
Article Title
Is the information on infection prevention measures against COVID-19 reaching the target audience? A cross-sectional survey among eating and drinking services in Tokyo, Japan
Article Publication Date
14-Jan-2023
COI Statement
The authors have no conflicts of interest to declare.