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「感染時に出現する調節性B細胞が自然免疫細胞の供給を高めることを発見」 ― まったく新しい獲得免疫と自然免疫相互作用の存在 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

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Credit: Department of Biodefense Research, TMDU

 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体防御学分野の樗木俊聡(おおてき としあき)教授、金山剛士(かなやま まさし)助教らの研究グループは、慶應義塾大学医学部微生物・免疫学教室、ドイツハイデルベルグ大学免疫研究所との共同研究により行った研究成果として、感染時に出現する調節性B細胞の産生するインターロイキン10(IL-10)が骨髄系細胞の供給を増強することを発見しました。この研究成果は、国際科学誌Journal of Experimental Medicine (ジャーナルオブエクスペリメンタルメディシン)の2023年1月31日にオンライン速報版で発表されました。

 

【研究の背景】

 免疫細胞はその大半が骨髄の造血幹細胞を起源とし、分化経路や機能の違いから「骨髄系」と「リンパ系」の細胞に大別されます。骨髄系細胞は好中球や単球、マクロファージ、樹状細胞など自然免疫系を司る細胞であるのに対し、リンパ系細胞に属するT細胞やB細胞は獲得免疫系を担っています。これまで、成熟した自然免疫細胞・獲得免疫細胞間のさまざまな相互作用は知られていましたが、免疫細胞産生(造血)過程と成熟獲得免疫細胞の相互作用についてはわかっていませんでした。

 全身的な感染症では、体内に侵入した病原体を速やかに排除するために骨髄系細胞の産生が著しく亢進し自然免疫を増強します。これは緊急時骨髄系細胞増産(emergency myelopoiesis)と呼ばれる造血応答であり、様々な炎症性サイトカインがその誘導に関与していることが知られていました。一方、緊急時骨髄系細胞増産ではリンパ系細胞の産生が代償的に著しく減少してしまうため、この造血応答におけるリンパ系細胞の役割はまったく注目されていませんでした。

 

【研究成果の概要】

 研究グループは、LPS9)投与あるいは盲腸結紮穿孔モデル10) を用いて緊急時骨髄系細胞増産を誘導したマウスの骨髄において、リンパ系細胞であるB細胞のなかに、骨髄系細胞に特徴的な分子や遺伝子を発現するユニークな細胞集団が出現することを見出し、この細胞をミエロイド様B細胞(M-B細胞)と名付けました(図1)。M-B細胞は調節性B細胞の新しい亜集団であり、感染症によって惹起された炎症を引き金として、主にB細胞系前駆細胞から産生されることが分かりました。興味深いことに、M-B細胞は高いIL-10産生能を有している一方、M-B細胞以外のB細胞はIL-10産生能を示しませんでした。そこで、緊急時骨髄系細胞増産において、M-B細胞の産生するIL-10がどのような役割を担っているかB細胞特異的IL-10欠損マウスを用いて検証したところ、同マウスでは緊急時骨髄系細胞増産が減弱することが分かりました。これはM-B細胞の産生するIL-10が感染時の骨髄系細胞の増産を促進することを示しています(図2)。さらに、盲腸結紮穿孔モデルではこの骨髄系細胞の増産が病原体の排除を促進することを確認しました。


 では、M-B細胞由来のIL-10はどの様に骨髄系細胞の増産を促進するのでしょうか?研究グループは、IL-10が造血幹前駆細胞を直接刺激することで、これらの細胞を炎症による細胞死から保護するとともに、骨髄系細胞産生に偏った造血応答を誘導することを明らかにしました(図2)。

【研究成果の意義】

 本研究では、感染初期の骨髄に出現する特殊なBリンパ球を新たに同定し、骨髄系細胞に特徴的なマーカーや遺伝子を発現することからM-B細胞と定義しました。また、M-B細胞がIL-10の産生を介して造血前駆細胞に作用することで骨髄系細胞産生を促進するという、新たな自然免疫系‐獲得免疫系の相互作用を明らかにしました。一般的に炎症抑制性サイトカインとして知られているIL-10が緊急時骨髄系細胞増産の誘導因子として機能するという、IL-10の新たな生理学的役割を示す結果です。

 自然免疫系はすべての多細胞生物が有していますが、獲得免疫系は脊椎動物以降(約5億年前)に進化獲得されたものです。成熟した自然免疫細胞と成熟した獲得免疫細胞の相互作用はよく知られています。本研究成果は、自然免疫系細胞の動員が求められる感染初期において、獲得免疫細胞(M-B細胞)が骨髄からの自然免疫細胞の供給力を強化するという、これまでの概念とはまったく違った視点を提供するものです。また、獲得免疫系が脊椎動物において抗原特異的な免疫応答や免疫記憶11)を実現しただけでなく、免疫細胞の供給源である骨髄に働きかけて時期適切に免疫力を強化するという本研究成果は、獲得免疫系の進化的意義を考察する上でも重要な知見であると言えます。

                                                                                                       

【用語解説】

1)骨髄系細胞(ミエロイド系細胞)

共通ミエロイド系前駆細胞から分化する血球細胞の総称。マクロファージや単球、顆粒球など、自然免疫細胞の大部分が含まれる。

 

2) リンパ系細胞

共通リンパ系前駆細胞から分化する血球細胞の総称。T細胞やB細胞などの獲得免疫細胞に加えて、自然リンパ球のような自然免疫細胞の一部が含まれる。

 

3) 緊急時骨髄系細胞増産(emergency myelopoiesis)

全身性の感染症において、自然免疫による病原体排除を促進するために誘導される造血応答であり、劇的な骨髄系細胞産生の亢進と、リンパ系細胞や赤血球の産生現象を特徴とする。複数の炎症性因子が緊急時骨髄球増産の誘導に関与することが知られている。

 

4) 調節性B細胞

炎症や免疫を抑制する機能を有するB細胞の総称。

 

5) IL-10

インターロイキン10。炎症や免疫応答を抑制する働きを有するサイトカインの一つ。

 

6) 造血幹前駆細胞

様々な血液細胞へ分化できる能力(多能性)を有する造血前駆細胞群。造血幹細胞や多能性幹細胞などが含まれる。

 

7) 獲得免疫系

T細胞やB細胞などの、高度に抗原を識別する受容体を有する細胞(獲得免疫細胞)によって構成される免疫系。自然免疫細胞による抗原提示によって誘導される一方、自然免疫を強力に促進、あるいは抑制する。

 

8) 自然免疫系

高度に抗原を識別する受容体を持たない細胞(自然免疫細胞)による免疫系。マクロファージや好中球、樹状細胞といった貪食細胞による病原体や異物の排除を行うとともに、獲得免疫を誘導する役割を担っている。自然免疫細胞の多くは骨髄系細胞であり、その供給量は骨髄における造血に大きく影響を受ける。

 

9) LPS

リポポリサッカライドの略称。グラム陰性菌の細胞壁の構成成分であり、Toll様受容体(TLR)-4のリガンドとして、炎症や免疫の活性化を誘導する。LPSの投与は全身的な細菌感染に対する免疫応答や造血応答を惹起出来るため、感染症や敗血症の研究に広く用いられている。

 

10) 盲腸結紮穿孔モデル

盲腸を結紮し、穿刺によって穴をあけることで、腸内の微生物を腹腔内へと漏出させ、多菌誘導性の全身的な感染症を誘導するモデル。敗血症や感染症の研究に広く用いられている。

 

11) 免疫記憶

獲得免疫細胞の高度な抗原識別能力と、メモリーT細胞、メモリーB細胞と呼ばれる長期生存型の獲得免疫細胞によって、一度獲得免疫を活性化した抗原(病原体や異物)が免疫系に記憶される機構。これにより、抗原が再度体内に侵入した場合に、一度目よりも速やかで強力な獲得免疫応答の誘導が可能となる。


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