News Release

神戸大学とAGC株式会社が、産学連携でドライクリーニング溶剤から医薬品中間体やポリウレタンの合成に成功!

Safe, simple and inexpensive: New organic synthesis method efficiently produces pharmaceutical intermediates and polyurethane from perchloroethylene

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1.

image: パークロロエチレンを原料とする光オン・デマンド有機合成 view more 

Credit: 津田明彦

神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授らの研究グループは、AGC株式会社 (以下、AGC) との産学協同研究において、ドライクリーニング溶剤として用いられるパークロロエチレンを原料として、トリクロロアセトアミド、尿素誘導体、ウレタン誘導体などの医薬品中間体、およびフッ素を含有する特殊ポリウレタンの合成に成功しました。神戸大学が開発した「光オン・デマンド有機合成法」を用いて、パークロロエチレンを、安全・安価・簡単に、かつ低環境負荷で、光酸化する新たな方法 (化学反応とプロセス) を開発し、それらの合成を達成することができました。カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に向けて、社会で大量に使用されているパークロロエチレンの新たな活用方法およびケミカルリサイクル方法として注目されます。

本研究成果は2019年3月に特許出願し、2020年3月の国際出願、2020年10月の特許公開を経て、2023年1月4日に、関連の学術論文がACS Omegaにweb掲載されました。

ポイント

  • 光オン・デマンド合成法を有する神戸大学と、パークロロエチレンの製造企業であるAGCによる産学連携の共同研究成果。
  • ドライクリーニング溶剤として用いられているパークロロエチレン [国内:2018年 輸出6300トン, 輸入20トン (化学工業日報社)] を、化学品の合成原料として用いる新たな有機合成法。
  • パークロロエチレンと反応基質 (アミン) の混合液に光を照射するだけで、~97%収率で医薬品やポリマーの原料 (トリクロロアセトアミド) の合成に成功。~10gスケールで計21種の化合物を合成 (スケールアップ可)。
  • 上記生成物を使って、医薬品尿素誘導体 (11種)、ウレタン誘導体 (8種)、およびフッ素化ポリウレタン (1種) を数gスケールで合成に成功。
  • 高価で特殊な装置や薬品が不要であり、光を使って、安全・安価・簡単・大量に、かつ低環境負荷で、オン・デマンド合成することができる。
  • パークロロエチレンの新たなケミカルリサイクル方法としての活用が期待される。
  • カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に大きく貢献する化学品合成法となることが期待される。

研究の背景
パークロロエチレンは主に、ドライクリーニング溶剤 (化学繊維の洗浄) や金属の脱脂溶剤などに用いられています。不燃性で、化学的に高い安定性を持ちますが、紫外光によって光酸化されて、トリクロロアセチルクロリド、ホスゲン、一酸化炭素、および塩素などの複数の物質が発生します (図2)。それらの物質は、毒性や腐食性が極めて高く、環境負荷が高い化合物ですが、有機合成において重要な原料物質です。しかし、これまでにそれらの化合物を有機合成に利用した例はほとんどありませんでした。

津田准教授らの研究グループは、世界に先駆けて、パークロロエチレンの光酸化生成物を用いて複数の有用化学物質の合成に成功し、2012年に特許出願 (特許第5900920号) と論文発表 (Organic Syntheses with Photochemically Generated Chemicals from Tetrachloroethylene) を行いました。ただし、その方法には、(1) 反応効率が低い、(2) 毒性・腐食性の高い光酸化生成物を一時的に取り出して (ホールドして) 目的物の合成に使用しなければならない、という2つの科学的および安全上の課題が残されていました。それらの課題解決を目指して、同研究グループは、AGC株式会社との産学協同研究に取り組み、パークロロエチレンを、安全・安価・簡単・大量に、かつ低環境負荷で、有用化学物質に変換するための有機合成法の共同開発を行ってきました。

研究の内容
パークロロエチレンとアミン化合物 (–NH2を持つ反応試薬) の混合溶液に、紫外光を直接照射して、パークロロエチレンの光酸化生成物とアミンを同一系内 (in situ) で即座に反応させることができれば、安全上の問題を克服した新たな有機合成法となることが期待されます。しかし、アミン化合物は紫外光を吸収することが知られているため、科学的な常識から判断すると、そのような系で「パークロロエチレンの光酸化は起こらない」と予想されました。また、もし光酸化が起こったとしても、その生成物とアミンの反応によって副生する塩化水素 (HCl) によって、アミンが塩酸塩を形成してしまい、反応が進行しなくなることが予想されました。実際に、通常の反応条件 (室温以下) で実験を行ったところ、パークロロエチレンの光酸化はゆっくりと進行したものの、同時にアミンが塩酸塩を形成し、また長時間の露光でアミンの一部が光分解して激しい着色を引き起こし、非常に複雑な化学反応を引き起こすことがわかりました。

そこで、(1) パークロロエチレンを一部気化させることで気相反応の割合を高め、(2) アミンが塩酸塩を形成しても反応が進むことを期待して、パークロロエチレンとアミンの混合溶液を70℃以上に加熱して光酸化反応を行ったところ、期待した反応が短時間で進行して、単一の生成物が得られることを見出しました。この発見を基にして、種々のN-置換トリクロロアセトアミド (NTCA:ウレタン原料となるイソシアネート化合物を化学的に保護した化合物) を高収率 (~97%) で合成することができました (図3)。

パークロロエチレンの光酸化メカニズムは、単なる光化学反応ではなく、C–Cl結合の光開裂によって生じる塩素ラジカルが引き起こすラジカル連鎖反応で進行していると考えられます。また、生成したトリクロロアセチルクロリドがアミンおよびアミン塩酸塩とin situで即座に反応して、NTCAを形成したと考えられます。この新たな方法は幅広い化合物合成に応用することができ、~10gスケールで、フッ素化合物を含む計21種の化合物を合成することに成功しました。反応容器を大きくするだけで、さらなるスケールアップ合成も可能です。

得られたNTCA は、塩基触媒反応によってさらにアミンやアルコールと反応して、クロロホルムを副生し (回収して溶媒や化学品原料として利用可)、尿素誘導体やウレタン誘導体を生成しました。これらの反応メカニズムは、NTCAがイソシアネートに分解して、つづいて、それにアミンやアルコールが付加することによって進行していると考えられます。この化学反応の応用の一つとして、フッ素を含有するNTCAから、特殊フッ素化ポリウレタンの合成にも成功しました。フッ素化合物特有の撥水性、発油性、難燃性、耐候性を持つことが期待されます。

今後の展開
光オン・デマンド有機合成法を用いて、パークロロエチレンとアミン化合物の混合溶液から、安全・安価・簡単に、かつ低環境負荷で、尿素誘導体、ウレタン誘導体、および特殊ポリウレタンなどの有用化学品を合成できるようになりました。現在、この光反応のさらなる発展を目指して、フロー反応システムを使って、連続有機合成法の開発にも取り組んでいます。持続可能な社会の実現に向けて、社会で大量に使用されているパークロロエチレンの新たな活用方法およびケミカルリサイクル方法として、将来の社会利用が期待されます。

謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」(研究代表:津田 明彦)による支援を受けて実施しました。

特許情報

  • 発明の名称:N-置換トリハロアセトアミドの製造方法
  • 特許出願:特願2019-060647 [出願日2019年3月27日]
  • 国際特許出願:PCT/JP2020/013124 [出願日2020年3月24日]
  • 公開:WO/2020/196553 A1 [公開日2020年10月1日]
  • 発明者:津田明彦,岡添隆,和田浩志,砂山佳孝,柿内俊文
  • 出願人:神戸大学,AGC株式会社

論文情報
タイトル

“Photo-on-Demand In Situ Synthesis of N-Substituted Trichloroacetamides with Tetrachloroethylene and Their Conversions to Ureas, Carbamates, and Polyurethanes”
DOI: 10.1021/acsomega.2c07233
著者:
赤松寿樹 (Toshiki Akamatsu),1,§ 舍乐木格 (Muge Shele),1,§ 松根絢子 (Ayako Matsune),1 樫木克至 (Yoshiyuki Kashiki),1 梁凤英 (Fengying Liang),1 岡添隆 (Takashi Okazoe),2 津田明彦 (Akihiko Tsuda)*,1
*Corresponding author, §equal contribution
1. 神戸大学大学院理学研究科
2. AGC株式会社
掲載誌
ACS Omega


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