News Release

内耳の細胞がつくりだす市松模様は聴覚機能に働く

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1:ネクチンKOマウスでは有毛細胞が失われることで難聴になる。

image: (左) 正常なマウスのコルチ器。有毛細胞と支持細胞が互い違いの市松模様に並んでいる。(右) ネクチンKOマウスのコルチ器。上段の写真は生後12日目、下段は生後28日目。ネクチンKOマウスの有毛細胞は、生後2週間目以降にアポトーシスで失われる。矢じりは有毛細胞同士の接着を示す。 view more 

Credit: Katsunuma S, Togashi H, Kuno S, Fujita T and Nibu K-I (2022) Hearing loss in mice with disruption of auditory epithelial patterning in the cochlea. Front. Cell Dev. Biol. 10:1073830.

神戸大学大学院医学研究科の富樫英助教、兵庫県立こども病院の勝沼紗矢香博士らの研究グループは、内耳コルチ器でみられる細胞の市松模様が聴覚に必須であることを初めて明らかにしました。今後、細胞の自己組織化という新たな視点から感覚器の機能と難聴疾患の理解が進むことが期待されます。

この研究成果は、12月8日に、Frontiers in Cell and Developmental Biology誌にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 内耳コルチ器では、聴覚に働く有毛細胞と支持細胞の2種類の細胞が互い違いの市松模様のモザイクパターンに並んでいるが、この市松模様と聴覚機能の関係は長く不明だった。
  • 内耳コルチ器の細胞が市松模様に並ぶことが出来ないマウスでは、有毛細胞だけがアポトーシスによって失われ、難聴になる。
  • 細胞の市松模様は、有毛細胞同士の接着を妨げることで、有毛細胞の生存と機能を保証する構造的な基盤として働くことが初めてわかった。
  • 細胞のモザイクパターンは様々な動物の様々な感覚器で見られることから、細胞の自己組織化という新しい観点から様々な感覚器の機能や疾患のメカニズムの理解が進むことが期待される。

研究の背景
音を聞くために必要な内耳蝸牛管の奥にはコルチ器※1とよばれる器官があり、顕微鏡で覗くと2種類の細胞が互い違いに並ぶ規則正しい市松模様が現れます。音の振動を脳に伝えるための有毛細胞は、有毛細胞同士が決して接することのないように支持細胞によって隔てられており、コルチ器を上から見ると2種類の細胞がちょうど市松模様のように並んでいます。この市松模様は、コルチ器が正しく機能するために必要だと考えられてきましたが、市松模様と聴覚機能の関係については長年にわたって不明なままでした。

内耳の市松模様は、有毛細胞と支持細胞が細胞選別とよばれるメカニズムにより自ら動いて並び形成することを、本研究グループが明らかにしました。有毛細胞と支持細胞はそれぞれ異なる接着分子ネクチンを発現することで、有毛細胞同士、あるいは、支持細胞同士がくっつくよりも、有毛細胞と支持細胞の方がよりくっつきやすい性質を持っています。この性質によって有毛細胞と支持細胞は互い違いの市松模様に並ぶことが出来るのです。そして、この接着分子ネクチンの一部が働かないようにしたマウスでは、有毛細胞と支持細胞のくっつきやすさが変化してしまい、市松模様が正常につくられないことがわかっていました。本研究では、内耳コルチ器の細胞が市松模様に並ぶことが出来ないマウスを使って、細胞の市松模様と聴覚機能の関係を調べました。

研究の内容
接着分子ネクチンの一部が正常に働くことが出来ないマウス(ネクチン-3 KOマウス、以下ネクチンKOマウス)と正常なマウスの間では、生まれてすぐのコルチ器を構成する有毛細胞と支持細胞の数には違いがありません。しかし、有毛細胞と支持細胞の接着しやすさ(くっつきやすさ)が変化することで、本来なら接着することのない有毛細胞同士が接してしまい、市松模様の細胞の並び方が異常になってしまいます。そこで研究グループはこのマウスの聴力を調べることで、聴力と市松模様の関係を明らかにできるのではないかと考えました。生後1ヶ月が過ぎたネクチンKOマウスの聴覚機能を聴性脳幹反応(ABR)※2とよばれる方法で計測したところ、ネクチンKOマウスは中程度の難聴であることがわかりました。同時に、ネクチンKOマウスの難聴が内耳の異常に由来することが示唆されました。

ABRを行った生後1ヶ月のネクチンKOマウスの内耳コルチ器を調べてみたところ、有毛細胞の数だけが半分程度に減少していることがわかりました。さらに、どのようにして有毛細胞だけが失われているのかを調べたところ、生後2週間以降に有毛細胞だけがアポトーシス※3で失われることがわかりました。また、アポトーシスの痕跡を調べると、隣り合った場所での細胞死が多く見られたことから、研究グループは本来接着することのない有毛細胞同士が接することが原因となってアポトーシスが生じたのではないかと考えました。

コルチ器を含む『上皮』とよばれる組織では、細胞と細胞の間に密着結合(タイトジャンクション)とよばれる構造が形成され、隣り合う細胞をつなぐだけでなく、イオンを含む様々な分子が細胞間を通過するのを防いでいます。コルチ器の密着結合が形成されないと、有毛細胞が正常に機能しないだけでなく、細胞が失われ、難聴疾患の原因となることが知られています。ネクチンKOマウスの有毛細胞同士が接着した場所では、密着結合が正常に形成されていませんでした。一方、有毛細胞と支持細胞の間では密着結合が正常に形成されており、有毛細胞同士が接していなければ、細胞は正常に残っていました。すなわち、本来ならば接することのない有毛細胞が接着した場合だけに、その間の密着結合が正常に形成されず、これが有毛細胞のアポトーシスを誘導するのです。これらの結果から、コルチ器で見られる有毛細胞と支持細胞がつくる市松模様の細胞パターンは、有毛細胞同士が接着することを妨げることで、有毛細胞の生存と機能を保証する構造基盤として働いていることが初めて明らかになりました。

今後の展開
ネクチンはマルガリータ島症候群※4の原因遺伝子として報告されており、口唇口蓋裂や発達遅滞の他、難聴の例も見られることから、これまで不明であった難聴の新たな病態についての理解も得られました。今回、私たちは聴覚に働く内耳コルチ器に着目して、細胞のモザイクの生理的意義を示しましたが、嗅覚に働く嗅上皮や、視覚に働く眼の網膜などでも同様に、外界の刺激を受け取る感覚細胞と支持細胞が互い違いに並ぶモザイクパターンを見ることができます。また、哺乳類だけでなく、様々な生物で細胞のモザイクパターンが保存されているということは、これが機能的に重要であることを示唆しています。感覚組織のモザイクパターンは、細胞ごとの接着性の違いによって自己組織的につくられることから、今後は感覚器における細胞の自己組織化に着目することで、感覚器の機能の理解が進み、疾患への応用も進むことが期待されます。

用語解説
1 コルチ器:

内耳の蝸牛内にある聴覚をつかさどる感覚器官。
2 聴性脳幹反応(ABR):
音を聞かせた時の脳波を記録する方法で、ヒト新生児の聴力検査に用いられているだけでなく、マウスの聴力であっても計測することができる方法。
3 アポトーシス:
多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、調節された細胞の自殺、すなわちプログラムされた細胞死。
4 マルガリータ島症候群:
ネクチン-1遺伝子の異常によって生じる遺伝性疾患で、発達遅滞を伴うことがあり口唇口蓋裂を主な症状とする。

謝辞
本研究はJSPS科研費(課題番号18H04764, 18K09319, 19H04965, 22K19331)、JSTさきがけ(課題番号JPMJPR1946)、武田科学振興財団の助成を受けて行われたものです。

論文情報
タイトル:

“Hearing loss in mice with disruption of auditory epithelial patterning in the cochlea”
DOI:10.3389/fcell.2022.1073830
著者:
Sayaka Katsunuma, *Hideru Togashi, Shuhei Kuno, Takeshi Fujita, Ken-Ichi Nibu
掲載誌:
Frontiers in Cell and Developmental Biology


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