【概要】
美しい宝石である真珠を生み出す真珠貝(以下:アコヤガイ)は、日本の真珠養殖業にとって不可欠です。しかしながら病気や赤潮などの様々な原因により、アコヤガイ真珠の生産量は減少してきました。本研究で染色体規模の高精度なアコヤガイゲノム情報を再構築したところ、免疫に関わる多くの遺伝子に変異が見つかりました。これは個々のアコヤガイで病気に対する抵抗性が異なることを示唆しています。このため、ゲノム情報を利用したアコヤガイの改良により、病気による死亡を減らし、真珠養殖に貢献することが期待されます。
【プレスリリース】
アコヤガイは日本の真珠養殖産業にとって不可欠であり、これまでも盛んに養殖されてきました。1990年頃は真珠養殖の生産額が年間約880億円にも上りました。現在は新たな病気や赤潮等により、アコヤガイ真珠の生産量は減少しています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チーム、ミキモト真珠研究所、水産研究・教育機構・水産技術研究所の複数の研究機関で共同研究を行い、今回の研究でアコヤガイのゲノムを染色体別に高精度で再構築しました。科学誌DNA Researchに2022年11月10日午前10時(日本時間)に発表される本研究成果は、将来的には耐病性を持つアコヤガイの系統開発が期待されます。また、本研究内容から完全な遺伝子配列が分かれば、様々な実験が可能となり、免疫による病気への抵抗性や、真珠の作られる仕組み等、様々な謎を解き明かす可能性があります。
共同研究チームは2012年にアコヤガイ(Pinctada fucata)のドラフトゲノム(全ゲノムの概要)を発表しました。この研究は軟体動物のゲノム情報を構築した最初の研究の1つでした。研究チームはさらに精度の高いゲノム情報を染色体レベルで構築するため、アコヤガイのゲノム配列の解読を続けました。
アコヤガイのゲノムは、それぞれの親から受け継いだ14対の染色体で構成されていますが、両親の染色体の間でも多くのゲノム配列に違いがあり、ゲノム上に多様な変異(違い)を持つことにより、生存に有利になる可能性があります。
従来、ゲノム配列決定は両親に由来する対になる染色体をひとつに統合します。この手法は、クローンのような同じ遺伝情報を持つ実験動物においては有効ですが、野生動物の場合は両親由来の染色体の間に多数の変異があるため、統合する手法で再構築したゲノムでは一部の情報が損なわれることになってしまいます。
そのため、本研究では両親由来の染色体同士を統合せず、それぞれのゲノム配列を別々に再構築するという非常に珍しい手法をとりました。軟体動物を対象とした研究においてこの手法が用いられたのは、初めてのことです。
アコヤガイには、14対28本の染色体があります。OISTは最先端の技術を用いてゲノム配列決定し、28本の全ての染色体を再構成しました。そのなかでも、第9染色体に重要な違いがあることを発見しました。特に重要な発見は、これらの遺伝子の多くが免疫に関連するものであるということです。
同じ染色体上に異なる免疫関連遺伝子が存在することは、異なる種類の感染症を認識できるため、今後の軟体動物の免疫研究において重要な発見と考えられます。
真珠養殖業では、生存率が高い系統や、付加価値の高い真珠を作るアコヤガイ系統を作出することが重要です。また同じ系統のアコヤガイ同士を使って繁殖させることで、遺伝的多様性が低くなり、近交弱勢につながります。研究チームは同系交配を3回繰り返すと、集団の遺伝的多様性が著しく低下することを指摘しています。もし遺伝的多様性の低下が、免疫関連の遺伝子が存在する染色体部位で生じた場合、アコヤガイの生体防御機能の低下につながります。このことからもアコヤガイ養殖集団のゲノム多様性を維持することが重要です。
なお、本研究の一部は生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)」の支援を受けて行われたものです。
Journal
DNA Research
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Animals
Article Title
A high-quality, haplotype-phased genome reconstruction reveals unexpected haplotype diversity in a pearl oyster
Article Publication Date
10-Nov-2022