東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学分野の岡本隆一教授、東京医科歯科大学学術顧問・副学長で高等研究院の渡辺守特別栄誉教授らは東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学分野の水谷知裕講師(培養チーム・リーダー)と東京医科歯科大学再生医療研究センターの清水寛路助教(臨床チーム・リーダー)、光学医療診療部部長の大塚和朗特別診療教授(内視鏡チーム・リーダー)、光学医療診療部福田将義助教(内視鏡処置担当)を含む研究グループにより、難治性潰瘍を伴う潰瘍性大腸炎の患者に対し、自家腸上皮オルガノイドの移植を行う再生医療の第1例目を実施しました。この研究は日本医療研究開発機構(AMED)・再生医療実現拠点ネットワークプログラム・疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B) 「培養腸上皮幹細胞を用いた炎症性腸疾患に対する粘膜再生治療の開発拠点」及び日本医療研究開発機構(AMED)・再生医療実用化研究事業「自家腸上皮幹細胞移植による炎症性腸疾患の粘膜再生治療に関する研究」の支援のもとでおこなわれ、自家腸上皮オルガノイド移植の安全性(主要)と効果の検討を目的とするものです。
【研究の背景】
潰瘍性大腸炎※1は消化管に慢性の炎症を起こす指定難病で、本邦には22万人以上の患者がいると推計されています。近年の治療の進歩の結果、炎症を制御し症状を抑えるためのさまざまな治療を選択することが可能となりました。病状を長く良い状態(寛解)に保つためには症状や炎症だけでなく、炎症によって傷んだ腸の粘膜上皮を修復再生すること(粘膜治癒)を達成することが重要です。しかしながら、さまざまな治療を行っても腸の修復再生が滞る難治性潰瘍のため粘膜治癒を達成できない潰瘍性大腸炎の患者さんに対し、組織再生を促す治療の選択肢は全く存在しませんでした。
そこで研究グループでは粘膜上皮再生の起点となる腸上皮幹細胞を含むオルガノイド (=ミニ臓器) ※2を潰瘍性大腸炎の患者さん自身から採取した少量の組織から樹立し、大量のオルガノイドに増やした上で内視鏡を使って移植する技術を開発しました。同技術を使い、潰瘍性大腸炎の患者さんの難治性潰瘍に対し自家腸上皮オルガノイドを移植する臨床研究を開始しました (jRCT臨床研究実施計画番号 jRCTb032190207)。
【研究成果の概要】
臨床研究計画に沿い難治性潰瘍を伴う潰瘍性大腸炎の患者さんより内視鏡を使って少量の粘膜組織を採取し、患者さん自身の腸上皮幹細胞を含む「自家腸上皮オルガノイド」を樹立しました。これを定められた手順・期間に計画通り培養することにより、必要な規格を備え、かつ移植に必要な量まで「自家腸上皮オルガノイド」増やすことに成功しました。また予め定めた方法で内視鏡を用いて標的病変へ「自家腸上皮オルガノイド」を送達し、局所に留めるための一連の処置を完了しました。引き続き移植後の経過観察を行っていきます。
【研究成果の意義】
本研究において自家腸上皮オルガノイドを潰瘍性大腸炎患者に移植するFirst-in-Human臨床研究を世界で初めて実施しました。これは革新的な技術により培養されるオルガノイド(=ミニ臓器)を移植治療に用いた世界初の実施例でもあり、さまざまな臓器におけるオルガノイド医療の実用化に道を拓く第一歩となる成果を達成しました。今後、同技術を用いた2例目以降の移植が計画されており、これにより潰瘍性大腸炎に対する自家腸上皮オルガノイド移植の安全性(主要)及び効果が明らかになることが期待されます。また、同技術を応用・展開することによりクローン病※3等の他の消化管難病に対するオルガノイド医療の開発が進むことも期待できます。
【用語解説】
※1潰瘍性大腸炎は大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができ、腹痛や血便を伴う下痢を起こす原因不明の病気です。症状が重い場合には、入院や大腸全摘術が必要になることもあります。厚生労働省の難病対策における「指定難病」の一つです(指定難病97)。
※2オルガノイドは「ミニ臓器」とも呼ばれ、体外で3次元構造を持ちあたかも小さな臓器のような構造と機能を備えた細胞の集合体です。腸上皮オルガノイドは腸上皮幹細胞を含み、適切な環境と操作の下で大量・長期に増やすことが可能です。
※3クローン病は小腸・大腸の粘膜等に原因不明の慢性炎症が起きる消化管の難病の一つです。潰瘍性大腸炎と同じく厚生労働省の難病対策における「指定難病」の一つです(指定難病96)。