News Release

アリの多様性を地図化、未発見種の生息が推測される地域を特定

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

コスタリカで撮影されたアリ(Ectatomma tuberculatum)の写真

image: コスタリカで撮影されたアリ(Ectatomma tuberculatum)。アリは、陸上動物の生物量の大部分を占めるが、世界規模での多様性は明らかになっていないと研究チームは述べる。本研究によって、世界規模のアリの多様性を推定し可視化した高解像度の地図が作成された。 view more 

Credit: Dr. Benoit Guénard

  • アリは土壌の通気を良くし、種子や栄養分を分散させ、他の生き物を捕食したりまた死骸を食べるなど、生態系にとって重要な役割を担っている。
  • しかし、アリの多様性を世界規模で明らかにする研究はあまり進んでいない。
  • 本研究では、これまでの知見と機械学習を組み合わせて、アリの多様性を推定する高解像度の世界地図を世界に先駆けて作成した。
  • 10年間にわたる本研究プロジェクトでは、デジタルライブラリー、博物館の標本コレクション、約1万件におよぶ科学論文等から、標本の偏りを考慮しながら様々なデータを収集した。
  • 研究チームは、アリや陸上で生活する昆虫などの無脊椎動物全般の多様性の保全について議論する際に、この地図が大きな役割を果たすと期待している。

ある時は猟師、またある時は土壌を耕し作物を収穫する農家、そしてまたある時はパイロットであり、畜産農家で、さらには織物職人や大工にもなる器用な生物がいます。その正体はアリです。アリの種は14,000以上もあるといわれ、陸上生物の生物量のうちのの大部分を占めています。土壌の通気を良くし、種子や栄養分を分散させ、他の生き物を捕食したりまた死骸を食べるなど、他の無脊椎動物などと同様に、地球上の生態系が機能するうえで重要な役割を担っています。しかし、アリの多様性を世界規模で評価する研究はあまり進んでいません。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)生物多様性・複雑性研究ユニットは、世界各地の研究機関と共に、アリに関する大規模な研究を行いました。本共同研究では、これまでに得られた知見と機械学習を組み合わせることによって、世界各地でのアリの多様性を推定し可視化する高解像度の地図の作成に成功しました。地図と研究に関するデータセットは、科学誌Science Advancesで発表した論文に掲載されています。

生物多様性・複雑性研究ユニットのエヴァン・エコノモ教授は、次のように述べています。「この研究は、アリや、陸上で生活する昆虫などの無脊椎動物を、生物多様性保全をめぐる議論の考察に加える一助となるでしょう。今後の研究や環境保全においてどの地域に力を入れるべきかを把握するには、無脊椎動物の多様性が豊かな場所を把握する必要があります。」

さらにエコノモ教授は、今回の成果は、生物がどのように多様化し、その多様性のパターンはどのようにして形成されたのか、といった生物学や進化学に関連するいくつかの謎を解き明かす手助けにもなると付け加えました。

10年にわたるこの研究プロジェクトが始まったのは、本論文の共同責任著者であるベノア・ゲナー博士(現香港大学)がOISTのポストドクトラルスカラーであったときに、エコノモ教授とデジタルライブラリー、博物館の標本コレクション、約1万件におよぶ科学論文等をもとに、さまざまなアリ種の生息記録のデータベースを作成したことがきっかけでした。今回の研究では、世界中の研究者からデータの提供や正確な情報の選別といった協力を受けました。 入手できたデータ量には大きなばらつきがありましたが、14,000種以上が研究の対象となりました。

ほとんどの記録には標本の採取場所に関する記述は含まれていましたが、地図を作成するために必要な正確な座標を示す記述は含まれていませんでした。本研究論文の共同著者であるOIST 環境インフォマティクスセクションのケネス・ダドリーさんは、この課題を解決するため、入手したデータを基に座標を推測し、同時にすべてのデータに誤りがないかを自動で確認する計算ワークフローを開発しました。

その後、生物多様性・複雑性研究ユニットに所属する、日本学術振興会外国人特別研究員で共同筆頭著者のジェイミイ・キャス博士は、ダドリーさんと同ユニットの技術員である東史華さんの協力を得て、入手したデータの量に応じてアリ種それぞれの分布の推測を行いました。データ量の少ない種に関しては、座標データをとり囲む形象を作成しました。データが多い種については、最適な統計の複雑性を決定した統計モデルを用いて、それぞれの種の分布を予測しました。

これらの推定した分布を組み合わせて、20キロメートル四方のメッシュに分割した世界地図を作成し、メッシュごとのアリの種数(種の豊富さ)を推定しました。それから、分布が非常に狭いアリの種数(種の希少度)を算出することができました。一般的に、分布の狭い種は、環境の変化に特に弱い種です。

しかし、また別の問題が生じました。サンプリングバイアス(標本の偏り)です。キャス博士は、次のように説明しています。「世界のある地域では、多様性が豊かであると予想されるにもかかわらず、地図上にそれが示されていませんでした。これらの地域に関しては、アリの研究があまり進んでいなかったのです。一方、アメリカやヨーロッパの一部など、他の地域ではサンプリング(標本の採取)が非常に充実していました。このサンプリングの違いは、世界規模の多様性の推定に影響を及ぼす可能性があります。」

そこで研究チームは、機械学習を利用して、世界中のすべての地域から均等に標本を採取したら生物多様性の予測がどう変わるかを予測しました。その結果、標本が採取されていない未知の種が多数存在すると推定される地域を特定することができました。 エコノモ教授は、「こうした一連のプロセスで、いわゆる『宝地図』ができ上がり、次に分布の狭い新種を求めて探索すべき範囲を絞るための指針になります」と述べています。

日本の南に位置する沖縄県は、種の希少度が高いことが示されました。これは、琉球列島の固有種の多くは、生息分布が北米やヨーロッパに分布する種の約1000分の1と非常に狭いためです。つまり、生物多様性を保全するためには、沖縄のような地域の環境保全が不可欠なのです。

研究チームは、アリの分布の希少度や豊富さを、比較的研究が進んでいる両生類、鳥類、哺乳類、爬虫類など脊椎動物と比較しました。その結果、アリとこれらの脊椎動物との分布の違いは、同じ脊椎動物同士で比較した際にみられる分布の違いと同程度であることが明らかになりました。このことは、アリが進化系統樹で脊椎動物から非常に遠いことを考えると、予想外の結果でした。この結果は、脊椎動物の多様性の保全を優先的に行うべき地域では、昆虫などの無脊椎動物の多様性も高い可能性を示唆しているため、重要な手がかりとなります。しかし同時に、アリの多様性パターンには独自の特徴もあることを認識する必要があります。例えば、地中海や東アジアにおいては、脊椎動物よりもアリの多様が豊かであることが目立っています。

最後に、研究チームは、アリの多様性が豊かな地域がどの程度保全されているのかを調査しました。その結果、国立公園や保護区などに指定されて法的に保全が行われている地域は、アリの希少度で上位10%に入る地域のうちの15%に過ぎませんでした。この割合は、脊椎動物の保全地域よりも低い値です。

エコノモ教授は、次のように締めくくります。「これらの重要な地域の保全に向けて我々がやるべきことは、非常に多いと言えるでしょう。」


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