【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科物質創成科学領域生体プロセス工学研究室のヤリクン・ヤシャイラ准教授と細川陽一郎教授、株式会社ユーグレナ(代表取締役社長:出雲充)の鈴木健吾執行役員CTO、理化学研究所生命機能科学研究センターの田中陽チームリーダー、オーストラリア・マッコーリー大学のLi Ming講師、中国科学院深海科学技術研究所のYang Yang教授は共同で、有用な生物資源とされる藻類の一種であるユーグレナ(和名:ミドリムシ)について、細胞のサイズと含まれる成分の変化をインピーダンス信号を指標にして高速で計測できるマイクロ流体デバイスを開発しました。
これまで開発したマイクロ流体デバイスでは、藻類の細胞外部形状の判断のみ可能でしたが、今回の開発により、さらにサイズ変化と有用物質の含有量変化の情報を得ることができ、生産性が高い特定藻類の選別や培養方法の定量化への活用が期待されます。
近年、地球温暖化を産業で解決するため、植物や微生物が行う光合成を利用し、工場などから排出される二酸化炭素から有用物質をつくる研究が進んでいます。特にユーグレナは、利用価値が高い多糖類(パラミロンなど)を産み出すため、食品、医薬品、バイオプラスチックの原料としての研究が進んでいます。今後さらに産業での利用を促進するためには、光合成を行う細胞小器官を多く含み、有用物質であるパラミロンの生産性が高い特定のユーグレナ株の選別が鍵となります。
従来の特定のユーグレナ株の選別方法は、顕微鏡下で画像を見るなどの光学的な方法で個別のユーグレナの形状などを判断していましたが、コストや処理能力の改善が望まれていました。そこで、本研究グループは、インピーダンス(電流の流れにくさ)信号を指標に計測するシステムを開発し、マイクロ流体デバイスの中を連続して流れるユーグレナの形状・サイズ、有用物質であるパラミロン合成に直結する細胞小器官(葉緑体)の分布とパラミロンの含有量を瞬時に判別できることを示しました。
今回は、複数の異なる周波数の交流電圧を印加した電極を並列に配置して、それぞれの特性の計測に必要な複数のインピーダンスを計測することで、ユーグレナの形状・サイズなどの外見的な特性と、パラミロンの含有量の変化とを統合的に計測・分析ができるシステムの開発に成功しました。このシステムは、超小型でユーグレナ以外の藻類や微生物にも応用可能であり、長期連続計測・分析が求められるフィールドでの生体試料の常時モニタリングを可能にしました。
このように、微生物細胞の内外の変化の統合的な計測・分析システムを発展させることで、急速に高まっている藻類産業(スマートセル産業)への展開をはじめ、創薬、疾病治療、生命科学研究の質や効率の向上が期待されます。
今回の研究成果は、2022年6月24日に英科学誌Microsystems & Nanoengineeringにオンライン掲載されました。
【解説】
緊迫している地球温暖化の対策の一つとして、工場廃棄ガスや大気中の二酸化炭素から藻類を用いて有用物質を生産する取り組みが行われています。藻類は二酸化炭素と水から光合成を行い、糖をはじめとする有用物質をつくり、細胞内に蓄積する特性があります。それに加え、増殖が速く比較的簡便に有用物質の生産を制御できるため、工業生産に向いていると言われており、医薬品や食品、化粧品に利用する研究も盛んです。藻類の中でもユーグレナは、生物界でも稀な多糖類であるパラミロンを蓄積します。パラミロンを大量に生産・蓄積する性質のユーグレナ株を選定・培養することは重要で、そのためには迅速で簡便に形状とパラミロンの含有量の評価が必要となります。
【今までの問題点】
これまで、大量のユーグレナの形状と有用物質であるパラミロンを識別するためには、顕微鏡下で写真を撮り、個々の細胞を画像として取得していました。さらに、処理能力を上げる目的でマイクロ流体デバイスの流路中にユーグレナを高速で流して高速度カメラで撮像する方法や、蛍光イメージング、ラマン散乱等の光散乱を用いる光学的に観察する方法が開発されています。これらの方法は、複雑な光学システムが必要となるため、装置そのものが大型でコストもかかり、結果としてユーグレナを計測することへの利用が制限されていました。
【本研究の目的と得られた解決方法】
本研究グループは、マイクロ流体デバイスの流路に配置した微細な電極間に複数の異なる周波数の交流電圧を印加し、その電場に進入したユーグレナなど対象によるインピーダンス信号の変化を計測します。細胞の特定成分の含有量を信号の振幅として、サイズ(体積)を信号幅として、形状(または細胞小器官の分布)を偏心率(信号の立ち上がりと立ち下がりのズレ)として計測します。さらに、複数の周波数の電場を利用することによって、異なる細胞の部位(細胞膜、細胞質、細胞小器官)をそれぞれ判別できます。例えば、500KHzの信号は細胞膜を通過できないため、信号の特徴は細胞の形状・サイズと相関関係があります。10MHzの信号は、細胞膜を通過できますが、2重膜構造の葉緑体、結晶構造のパラミロンなど細胞小器官で減衰するため、葉緑体・パラミロンの含有量・分布と相関関係があります。結果として、インピーダンスを測定するだけで細胞外部形状・サイズ変化とパラミロンの含有量変化を得ることができます。
本手法の有用性を証明するために、異なる培養条件において育生したユーグレナの細胞のサイズとパラミロンの含有量を既存手法と本手法とで計測して比較したところ、双方の結果が一致し、本手法の有用性・信憑性・実用性が確認できました。
【本研究の意義】
微生物の内外変化の多項目の統合的な計測・分析は、既存計測システムの高コストや処理能力の不足、小型化・自動化が困難などの原因によって制限されていました。本研究グループが開発したインピーダンス計測システムでは、マイクロ流体デバイスでの簡便なインピーダンス計測技術を用いて連続に流れてくるユーグレナの形状・サイズ、パラミロンの分布と含有量を瞬時に統合的に計測・分析できます。これによって、急速に高まっている藻類産業(スマートセル産業)への展開をはじめ、創薬、疾病治療または生命科学研究の質や効率の向上が期待されます。
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【掲載論文】
タイトル: Assessment of the electrical penetration of cell membranes using four-frequency impedance cytometry
著者: Tao Tang, Xun Liu, Yapeng Yuan, Tianlong Zhang, Ryota Kiya, Yang Yang, Kengo Suzuki, Yo Tanaka, Ming Li, Yoichiroh Hosokawa & Yaxiaer Yalikun
掲載誌: Microsystems & Nanoengineering
【研究室ホームページ】
https://mswebs.naist.jp/courses/list/labo_11.html
【補足説明】
ユーグレナ:藻の一種でありながら鞭毛を持ち、光に向かって水中を泳ぐことができる単細胞生物で、体内に多数の葉緑体を持ち、光合成で水と二酸化炭素からグルコースを産生します。このグルコースから多糖類であるパラミロンをつくり、顆粒として体内に貯め込みます。低酸素環境にするとパラミロンからオイルをつくります。自然界では主に淡水に生息していますが、排水や、塩を含む水でも生育できます。
マイクロ流体デバイス:半導体微細加工技術や精密機械加工技術を用いて作製された、幅・深さが数μm~数100μm程度の流路構造(髪の毛の直径は200μm)を集積したチップ状のデバイスです。
インピーダンス:交流電圧を物質に印加し、流れる微弱な電流を測定し、その際の電圧を電流で割って得られる量をインピーダンスといいます。
Journal
Microsystems & Nanoengineering
Article Title
Assessment of the electrical penetration of cell membranes using four-frequency impedance cytometry