News Release

脳への遺伝子スタンプ

細い剣山型ワイヤーNTWによるDNAスタンプで遺伝子組み換え

Peer-Reviewed Publication

Toyohashi University of Technology (TUT)

NTWアレイデバイスによるDNAスタンプ

image: NTWによる緑蛍光GFPコードDNAを細胞内にDNAスタンプ導入するイメージ view more 

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<概要>

豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所、応用化学・生命工学系の沼野利佳教授の研究チームは、同研究所、電気・電子情報工学系の河野剛士教授の研究チームと共同で、開発した細い剣山型ワイヤー(Nanoscale-tipped wire, NTW)アレイデバイスを使って、DNAなどの遺伝物質を、生きたマウスの組織にスタンプのように簡単、かつ効率的に導入し、遺伝子を組み換えることに成功しました。NTWは、先端径が100 nm以下でマウスの神経細胞より小さく、200 µm以上の長さのナノワイヤーが400本搭載されています。このナノワイヤーは、簡単に脳などの組織の深部に刺入できますが、非常に侵襲性は低く組織にやさしいアプローチが可能です。今回、24時間リズム(概日リズム)を支配している中枢器官のペースメーカー神経を狙って、その機能を抑制するshRNA分子を遺伝子スタンプしたところ、概日リズムが弱まることがわかりました。抑制分子がスタンプされた細胞は、蛍光マーカーが光るようにしたので、光った細胞の中に、リズムを発振するために主導的な役目を果たすペースメーカー神経細胞が存在すると考えられます。

このNTWアレイデバイスによるDNAスタンプ技術によって、生体にやさしく、これまでになく簡単に細胞の機能を調べたり、変えたりすることができます。本研究結果は、2022年3月16日(IST:10時/日本時間:3月16日13:30)にFEBS Open Bio誌上で公開されました。

 

<詳細>

我々の脳は、様々な構造や機能も異なる細胞の集合体であり、無数の神経回路の集まりです。ゆえに、脳の神経生理学的研究を推進するため、1)脳の構造を維持したままでの、個々の細胞の生理活動の測定や機能変化の調査、2)脳の比較的深部の細胞へのアプローチ、3)局所的な遺伝子導入・組み換えなどによる生理機能変化の観察できる実験手法が必要です。

そこで沼野教授と河野教授の研究チームでは、先端径が100 nm以下、根元の太さも数µmの極細で、長さは200 µmのシリコン製のナノワイヤーを独自に設計・製作しました。これにより、チップ上に20×20の400本のナノワイヤーを搭載したNTWアレイデバイスを用いて、マウス生体の脳組織にスタンプを押すように遺伝子導入が可能となりました(遺伝子スタンプ)。このNTWアレイデバイスの特徴は、脳組織の構造はそのままで、簡易に、多数の細胞に対し、極めて低侵襲で生来の形質に影響をほとんどあたえることなく、組織にやさしいアプローチができることです(図1)。

マウス脳の培養スライスや、麻酔下の生きたマウス脳の細胞に、NTWアレイデバイスで、蛍光タンパク質をコードするベクターDNAの遺伝子導入を行い、数日後に、個々のNTWがアプローチした標的細胞の蛍光シグナルを観察することで、同定することができます。特に、200 µm長のシリコン製のワイヤーを用いると、層構造を持つ脳組織の深部の細胞にも遺伝子導入が可能であること、マーカーとともに、遺伝子の機能に変化を及ぼす核酸を同時に導入することができました(図2)。今回、shRNA(ショートヘアピンRNA)分子を発現するベクターDNAを遺伝子スタンプしたところ、遺伝子機能をノックダウン(抑制)することができ、またgRNA(ガイドRNA)とCAS9蛋白をコードするベクターDNAを遺伝子スタンプすると、ゲノム編集も可能であることが解りました。

さらに、脳の生理的なターゲットとしては、概日リズムの発振機能を狙いました。地球上で暮らす我々を含めた生物は、睡眠、体温リズムなど、約24時間周期の体内時計が制御する概日リズムを持っています。この概日リズムを規定している中枢器官である視交叉上核(SCN)のペースメーカー神経を狙って、概日リズムの発振機能で重要な役割を果たしている時計遺伝子Bmal1のshRNA(ショートヘアピンRNA)分子を遺伝子スタンプしました。つまり、概日リズムの発振機能が、24時間周期の発光振動で観察できるPer1::luc組換えトランスジェニック(Tg)マウスの培養脳スライスにBmal1のshRNA分子を遺伝子スタンプし、概日リズムへの影響を調べました。Bmal1のshRNA分子を発現した細胞には蛍光シグナルマーカーが発現するDNAを同時に遺伝子スタンプすると、蛍光シグナルマーカーが多数観察されたSCNスライスの発光振動は振幅が大幅に減少し、リズムの発振機能が弱くなりました。一方、溶媒のみやネガティブコントロールのscRNA(スクランブルRNA)を遺伝子スタンプしたSCNスライスは、24時間周期の発光振動リズムは維持され、リズムへの影響はありませんでした (図3)。このことから、Bmal1のshRNA分子によるノックダウンされたペースメーカー神経は、SCNスライス全体のリズムを十分弱めるほどの影響を及ぼす重要な機能を持つことが解りました。

本研究を推進した豊橋技術科学大学の沼野教授と河野教授は、このNTWアレイデバイスによる遺伝子スタンプは、外来性分子をデリバリーすることで、生きた脳内で遺伝子や細胞の機能を調べたり、調整したりすることができ、脳の神経生理学的研究の推進に役立つ技術であると考えています。

 

<開発秘話>

豊橋技術科学大学敷地内にあるエレクトロニクス先端融合研究所(EIIRIS)は、LSI・センサ・MEMSの設計から製作、評価まで一貫して行うことができるデバイス工場や、実験動物やバイオ実験を展開しているライフサイエンス実験施設を備えています。そのため本研究で開発したNTWアレイデバイスはすぐに生理学実験に応用されると共に、結果はデバイス開発にフィードバックすることが可能でした。今回このように異分野の研究チームであっても一体となって融合研究を推進できました。開発したNTWアレイデバイスにおいては、複数のワイヤーの位置や長さなどが自由にかえられるので、測定する部位によって、より計測に適したものにアップデートすることができます。

 

<今後の展望>

このNTWアレイデバイスは、それぞれを電気的に配線することで、細胞内電位の測定もできるため、最終的には、電気生理データを計測するときに、蛍光マーカーDNAを挿入しておくと、次の日に蛍光シグナルを帯びた細胞から、電気生理を計測した細胞の検討も可能です。また、RNAiやゲノム編集などのノックダウンやノックアウトなどの遺伝子操作にも本スタンプ技術が使用できるため、脳の特定部位に集中して、こうした遺伝子操作を実施することも可能です。研究チームは、このスタンプ技術を、これまでにない新たな脳機能解明の研究に役立てていきたいと考えています。

 

<論文情報>

Rika Numano, Akihiro Goryu, Yoshihiro Kubota, Hirohito Sawahata, Shota Yamagiwa, Minako Matsuo, Tadahiro Iimura, Hajime Tei, Makoto Ishida, and Takeshi Kawano (2022).

Nanoscale-tipped wire array injections transfers DNA directly into brain cells ex vivo and in vivo.

https://doi.org/10.1002/2211-5463.13377

 

 

 

語句説明

gRNA(ガイドRNA):CRISPR-CAS9によるゲノム編集により、gRNAがターゲットとなるゲノムの切断位置を決定し、CAS9蛋白の活性により切断する。切断箇所を決めるためのPAM配列と相補的配列を持ち、CAS9蛋白との結合部位を持つ短いRNA鎖。

 

shRNA(ショートヘアピンRNA):RNAi(RNA干渉)による遺伝子の発現抑制のために、ヘアピン構造をもつ短いRNA鎖。

 

Per1::luc組換え遺伝子:概日リズムを規定する時計遺伝子Per1プロモーター配列のあとに、ホタル由来の化学発光蛋白ルシフェラーゼコード配列をレポーターとして連結したDNA。24時間周期のPer1発現リズムを、発光振動として検出するための組換え遺伝子。

 

Per1::luc組換えトランスジェニックマウス:概日リズムを発光振動にて可視化するために、Per1::luc組換え遺伝子を、受精卵に注入し、全細胞に導入されているマウス。

 

scRNA(スクランブルRNA):ランダムな塩基配列をもった短いRNA鎖。shRNAの機能に対する、ネガティブコントロールとして用いる。


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