電流を制御するのと同じように、熱輸送を精密に制御することは、人類が切望する技術目標の一つです。しかし、高性能な熱整流素子(熱ダイオード)は未だ実現されていません。このたび北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の研究チームは、宙吊りにした非対称グラフェンナノメッシュ構造が、低温で顕著な熱整流作用を示すことを見出しました。この原理実験は、高効率熱整流素子の実現に向けて具体的な指針を与える成果であり、IOP Nano Futures誌に掲載されました。
熱整流器は、1936年にStarr C.によって初めて報告されたもので、電気ダイオードと同様に一方向からの熱流束が反対方向より大きくなるものです。従来のバルク材料を用いた動作メカニズムは、直列に接続した2つの異種材料の熱伝導率が異なる温度依存性を有することに起因ものでした。しかし、この原理に基づいて実施された実験結果は、熱整流比が10~20%程度と低い値に留まっていました。また,ナノスケール材料を用いたデバイスでは,熱整流器の局所的な熱伝導率を評価することは非常に困難です。このような状況下において,高性能な熱整流器を開発するための新たな原理開拓が強く求められています。
JAISTのFayong Liu博士と水田博教授を中心とする研究チームは、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の研究者と共同で、宙吊り非対称グラフェンナノメッシュ素子において、低温(150Kおよび250K)で熱整流比が最大60%という顕著な熱整流作用を観測することに成功しました。この素子では、宙吊りにしたグラフェン熱流路の半分の面積に、人工的なフォノニック結晶としてのナノメッシュ構造を導入しています(図1)。ナノ孔の直径はおよそ6 nm、隣接する孔の中心距離は20 nmです。同研究チームが開発したナノスケールでの新たな熱輸送計測法‘Differential Thermal Leakage Method’を用いることで、宙吊りチャネルの電気伝導に伴う熱リーク成分に妨害されることなく、熱フォノン伝導特性を評価することが可能となりました。
「この研究成果は、ナノスケール熱マネジメントという実用的な応用に向けた重要な進展であり、グラフェンを使って環境にやさしい世界を実現するという私たちの最終目標に対しても大きなマイルストーンです」と水田教授は述べています。水田研究室では、グラフェンを用いたデバイスの基礎物理とその実用化の両方に焦点をあてた研究を実施しています。今回の研究は、室温動作の高性能熱整流素子を実現するための体系的な研究アプローチを提供するものです。
More information: F. Liu et al Nano Futures 5 (2021) 045002. This research was supported by the Grant in Aid for Scientific Research No. 18H03861, 19H05520 from the Japan Society for the Promotion of Science (JSPS).
Journal
Nano Futures
Article Title
Thermal rectification on asymmetric suspended graphene nanomesh devices
Article Publication Date
1-Dec-2021