News Release

手術後の浸潤性の高いがんを検出し再発を予防する高分子ナノソームの創出~がんの転移・再発の予防

Peer-Reviewed Publication

Innovation Center of NanoMedicine

酵素により活性化する高分子ナノソームを用いたがんの転移・再発抑制

image: 左:原発がんと素性が明らかな転移がん 中央:前転移ニッチ 注3 右:術後創傷 view more 

Credit: 2021 Innovation Center of NanoMedicine

  • マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)は、がん細胞が転移/浸潤する際に必要な酵素で、MMP活性が高いがん細胞ほど転移能力が高く進行も早い。本研究では、MMPを過剰産生している組織でのみ作用する高分子ナノソームを創出し、がんの転移を阻止するとともに、外科手術後に目視で確認できなかった残存腫瘍組織を除去する手法を開発した。
  • ポリマーにMMPの基質ペプチドを挿入しMMPによるペプチドの分解によって脱PEG化するように設計された高分子ナノソーム (ETP: Enzymatically Transformable Polymersome) に細胞分裂阻害作用薬コルヒチンとMMP阻害剤マリマスタットを同時搭載し、MMP活性の高い悪性腫瘍に対する効果を評価した。
  • グアニジン残基が露出した高分子ナノソームは細胞内に取り込まれやすくなり、また同時に内含する薬剤を放出することで抗がん作用を発揮する。
  • MMPを過剰産生するヒト線維肉腫由来HT1080細胞を用いた薬剤取り込みの評価、共焦点レーザースキャン生体顕微鏡を用いた薬物動態研究、トリプルネガティブ乳がん移植モデルを用いた転移抑制作用の評価を行い、その結果を Advanced Materials (IF = 30.849 in 2021) に発表した。

J. Li*, Z. Ge*, K. Toh, X. Liu, A. Dirisala, W. Ke*, P. Wen*, H. Zhou*, Z. Wang*, S. Xiao*, J. F. R. Van Guyse, T. A Tockary, J. Xie, D. G.-Carter, H. Kinoh, S. Uchida, Y. Anraku, and K. Kataoka, Advanced Materials, 2021.
DOI: 10.1002/adma.202105254
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202105254
下線を付した著者は、corresponding author。
アスタリスク*を付した著者は中国科学技術大学 (USTC) の所属。それ以外は、ナノ医療イノベーションセンター (iCONM) の所属。J. Li は、USTCから iCONM への派遣研究員。

 

 

公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)は、中国科学院中国科学技術大学(USTC)との共同研究により、がん細胞が正常組織に浸潤する際に必要な酵素 MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)を検知し、抗がん剤を送達する高分子ナノソーム(注1)を創出したと、学術誌 Advanced Materials (IF = 30.849) (注2)で発表しました。浸潤性の高いがん細胞を狙い撃ちできるため、がんの転移・再発抑制に繋がるものと期待されます。

 

がんは、転移・再発、そして浸潤といった特徴を有するがゆえに悪性腫瘍と呼ばれ、これらを阻止することは、がん治療にとって有効な手段のひとつとなります。がん細胞が転移する際には、正常組織の中を通り抜ける(浸潤する)必要があり、その際にMMPと呼ばれる細胞外プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を用いて、細胞と細胞、あるいは組織と組織を結合させる線維組織(マトリックス)を破壊しながら移動していきます。本研究では、MMPを過剰産生している組織・細胞に着目し、MMPの特異的切断部位となるアミノ酸配列を組み込み、切断後にPEGの離脱とグアニジン残基が露出するよう設計した高分子ナノソーム(ETP: Enzymatically Transformable Polymersome)に細胞分裂阻害剤コルヒチンとMMP阻害剤マリマスタットを搭載しました(ETPナノソーム)。MMPを過剰産生するヒト線維肉腫由来HT1080細胞を用いた薬剤の取り込み実験では、 蛍光標識したETP (Cy5-ETP)が、同じく蛍光標識した非設計ナノソーム(Cy5-NTP: MMPの存在下でもグアニジン残基を露出しないナノマシン)に比べて10倍HT1080細胞への取り込み量が多いことが分かりました。また、細胞毒性の評価においては、コルヒチンを搭載したETP(Col@ETP)で IC50 = 0.015μM、同じくコルヒチンを搭載した非設計ナノソーム (Col@NTP)で IC50 = 0.402μMとMMPとの反応部位を持つ薬剤の方が高い活性を示しました。

 

共焦点レーザースキャン生体顕微鏡を用いたETPナノソーム投与マウスの観察では、耳介および正常肝臓での血管外へ漏出はみられないが、MMPを発現している乳がんにおいては、ETPナノソームのみががんへの浸潤が確認されます。

 

薬理実験に関しては、MDA-MB-231/LM2および4T1トリプルネガティブ乳がん細胞(ヒト、およびマウスがん)移植マウスモデルを用いて、ETPナノソームのがんの抗腫瘍効果および、肺転移抑制効果を評価しました。その結果、両トリプルネガティブ乳がんモデルにおいて ETPナノソーム (コルヒチン/マリマスタット同時封入)において高い抗腫瘍効果および、生存の延長効果が確認されています。また、このモデルは同所移植後、肺転移しやすいモデルであり、ETPナノソームは、乳がんの肺転移も抑制することを確認した。この結果は、MMPが高発現しているがんのみならず、そのたのMMPが高発現している疾患に対しても応用可能な技術となります。

 

注1 高分子ナノソーム(ポリマーソーム):人工小胞の一種であり、溶液を囲む小さな中空の球体。 両親媒性の合成ブロック共重合体を使用して小胞膜を形成し、薬物、酵素、その他のタンパク質やペプチド、DNAやRNAフラグメントなどの敏感な分子をカプセル化して保護する目的で幅広いサイズのものが報告されている。

注2 Advanced Materials:インパクトファクター 30.849 を誇る、トップレベルの国際的学術誌。30年以上にわたり、毎週材料科学の最新の進歩をもたらすとともに、機能性材料の化学と物理学の最先端で、厳選された高品質のレビュー、進捗報告、コミュニケーションなどの研究論文をカバー。ISSN:0935-9648 (Print), 1521-4095(On-Line)CODEN:ADVMEW。

https://onlinelibrary.wiley.com/journal/15214095

注3 前転移ニッチ (Pre-metastatic niche):がんが遠隔転移を起こし、転移巣を築けるか否かは、そのがん細胞の生存力と転移先の微小環境による。このようにがんが転移巣を構築するために都合よく整えた環境を前転移ニッチという。

 

 公益財団法人川崎市産業振興財団について

 産業の空洞化と需要構造の変化に対処する目的で、川崎市の100%出捐により昭和63年に設立されました。市場開拓、研究開発型企業への脱皮、それを支える技術力の養成、人材の育成、市場ニーズの把握等をより高次に実現するため、川崎市産業振興会館の機能を活用し、地域産業情報の交流促進、研究開発機構の創設による技術の高度化と企業交流、研修会等による創造性豊かな人材の育成、展示事業による販路拡大等の事業を推進し、地域経済の活性化に寄与しています。

https://www.kawasaki-net.ne.jp/

 

 ナノ医療イノベーションセンターについて

 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。

 iCONMのホームページ:https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/

 片岡・喜納ラボのホームページ:

 https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/laboratory_kataoka.html

 

中国科学技術大学(USTC: University of Science and Technology of China)

中国科学技術大学(USTC)は、中国科学院(CAS)傘下の、科学技術研究を中核とする中華人民共和国の公立研究大学です。 1958年の設立は、「中国教育科学史における主要な出来事」として称えられました。 USTCには、3つの国立研究機関と6つの国家重点研究室および18のCAS重点研究室があります。 USTCは、30を超える国と地域における100あまりの大学や研究機関との協力と交流を積極的に推進しています。 近年、USTCは、最も広く読まれている大学ランキングで世界のトップ100大学にランクされています。

 

2021年10月8日


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.