News Release

スパコンを駆使したビッグデータ解析による アルツハイマー病と前頭側頭葉変性症に共通する病態の解明

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: Supercomputer-based dynamic molecular network analysis predicted HMGB1-TLR4 induced signal as the most important target of two major neurodegenerative dementias. The prediction was verified by significant phenotypic and pathological improvements of four types of mouse model of frontotemporal lobar degeneration treated by anti-HMGB1 antibody. view more 

Credit: Department of Neuropathology, TMDU

 東京医科歯科大学難治疾患研究所/脳統合機能研究センター神経病理学分野の岡澤均教授の研究グループは、名古屋市立大学、東京都健康長寿医療センターとの共同研究で、脳タンパク質の質量分析から得られたビッグデータを対象に、スパコンを駆使した分子ネットワーク解析を行い、これによって、2つの認知症(アルツハイマー病と前頭側頭葉変性症※1)の共通病態※2を解明しました。さらに、4種類の前頭側頭葉変性症のモデルマウスにおいて、得られた2つの認知症の共通分子標的に対して発症後に行った抗体治療が、認知症状と脳組織の病理学的所見を改善することを示しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金(新学術領域・シナプス・ニューロサーキットパソロジーの創成)、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤A)、平成22年度~平成26年度・文部科学省『脳科学研究戦略推進プログラム課題E』、平成26年度~平成30年度・文部科学省『革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト』、令和元年度~令和2年度日本医療研究開発機構 「産学連携医療イノベーション創出プログラム」セットアップスキーム(ACT-MS)などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学雑誌Communication Biologyにおいて、2021年8月12日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
 社会の高齢化が進む日本では、神経変性に起因する認知症はより大きな問題となっています。既に高齢者のほぼ5人に1人が認知症に罹患していると言われ、その半分以上は、神経変性による認知症の代表格であるアルツハイマー病が原因です。さらに、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症などの変性性認知症も増えています。また、極めて稀な認知症の原因として、ハンチントン病なども知られています。

研究グループは、これまでに、損傷DNAに対する修復機能低下が神経変性共通病態※3であることを、前頭側頭葉変性症、ハンチントン病など複数の神経変性疾患において、世界に先駆けて報告してきました(Qi et al. Nature Cell Biol 2007; Enokido et al. J Cell Biol 2010; Fujita et al. Nature Commun 2013; Ito et al. EMBO Mol Med 2015; Taniguchi et al. Hum Mol Genet 2016; Homma et al, Life Sci Alliance 2021)。また、研究グループは、最近、アルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、ハンチントン病などの病態では共通して、従来考えられてきたより遥かに早くTRIADネクローシスという神経細胞死(Apoptosis and Beyond, Chapter 20, 2018)が生じていることを報告してきました(Tanaka et al, Nature Commun 2020; Homma et al, Life Sci Alliance 2021; Mao et al, Hum Mol Genet 2016)。

 最近、アミロイド抗体がFDAで優先承認され、大きな期待を集めています。一方、アルツハイマー病の研究領域の国際的な意見集約は、アミロイド凝集に毒性はあるものの、病態全体における役割は限定的(あるいは、「全てではない」)という考え方です。実際、FDAも今回、アミロイド抗体には明確な細胞外アミロイド凝集除去作用があるので、社会的緊急性を認めて優先承認をしたが、認知症状への臨床効果の確認は十分ではない為、承認後の臨床試験が必要であるとしています(https://www.fda.gov/drugs/postmarket-drug-safety-information-patients-and-providers/aducanumab-marketed-aduhelm-information)。また公表された、Nature、Science、Reuter通信などの記事は、欧米の多くの科学者のアミロイド抗体承認への困惑を伝え、アミロイド以外の治療標的の開発を進める必要にも触れています(https://www.nature.com/articles/d41586-021-01546-2)(https://www.sciencemag.org/news/2021/06/alzheimer-s-drug-approved-despite-doubts-about-effectiveness)(https://jp.reuters.com/article/health-alzheimer-fda-idJPKCN2DL2RX)。

 その理由として、認知症患者の脳の中では、1)疾患タンパク質の凝集に先駆けて分子的変化が生じていること(細胞外凝集する前の細胞内アミロイドにも毒性があることなど)、2)単一の疾患原因タンパク質が変化しているのではなく、複数の疾患原因タンパク質が変化していること、などが挙げられています。例えば、アルツハイマー病の生前診断で亡くなった患者の死後脳の病理検査では、アルツハイマー病の特徴であるアミロイドの沈着のみならず、死後脳の4−7割近くにTDP43という前頭側頭葉変性症の特徴とされてきた疾患原因タンパク質の沈着が見られることが報告されています(Amador-Ortiz et al, Ann Neurol 2007; Arai et al, Acta Neuropathol 2009; Higashi et al, Brain Res 2007; Jellinger Neurodegener Dis 2008; Lippa et al, Arch Neurol 2009; Uryu et al, J. Neuropathol. Exp. Neurol. 2008)。また、レビー小体型認知症の特徴とされるアルファ・シヌクレインタンパク質の沈着もしばしば認められます(Lippa et al, Am J Pathol 1998; Hmilton et al, Brain Pathol 2000; Arai et al, Brain Res 2001)。これらの病態には、凝集後アミロイドにフォーカスしたアミロイド抗体は十分な効果を持たないため、凝集前の超早期病態や、複数の認知症原因に対応できる共通病態を解明し、より早期に治療を開発することが、次の段階で、重要なストラテジーと考えられています。もちろん、アミロイド抗体の承認が、このような幅広い開発機運を高めるであろうことは、患者のために非常に喜ばしいことです。
 
 岡澤均教授の研究グループは、平成22年度~平成26年度・文部科学省『脳科学研究戦略推進プログラム課題E』において、東京大学ヒトゲノム解析センターの宮野悟教授(現・東京医科歯科大学)と共同研究を行い、世界に先駆けて、神経変性疾患を対象にスパコンによる分子ネットワーク解析を導入・開発してきました(Tagawa et al, Hum Mol Genet 2014; Ito et al, Mol Psychiatry 2015; Fujita et al, Nature Commun 2018)。今回の研究では、この技術を発展させ、『多次元ベクトル法』と名付けた新しい手法を考案して、スパコンを駆使したビッグデータ解析により、アルツハイマー病と前頭側頭葉型変性症の共通病態を解明しました。

【研究成果の概要】
 今回の研究では、アルツハイマー病モデルマウス5種類(1種類のノックイン(KI)マウス※4と4種類のトランスジェニックマウス)、前頭側頭葉変性症のモデルマウス4種類(すべてKIマウス)を用いて、その新生児期から成体(大人のマウス)に至る経過で脳組織をサンプリングして、網羅的プロテオーム解析によりタンパク質の変化を詳細に調べました。得られたビッグデータから、検出された全てのタンパク質がどのような相互関係(分子ネットワーク)を形成して発症につながるのかを、スパコンを駆使した解析によって調べ、アルツハイマー病と前頭側頭葉型認知症の共通性を抽出しました。

 この際、従来の分子ネットワーク解析法では、単一のタイムポイント(年齢・月齢)での相互関係(分子ネットワーク)しか調べられなかったため、多数のタイムポイント(年齢・月齢)で、前のタイムポイントでのタンパク質変化が次のタイムポイントのタンパク質変化に及ぼす因果関係を反映する新しい分子ネットワーク解析法『多次元ベクトル解析法』を創出しました。

【研究成果の意義】 
 本研究によって得られた結果の多くは、これまで研究グループが、2つの認知症(アルツハイマー病と前頭側頭葉型認知症)に関して、数々の基礎研究、ゲノム研究、臨床研究で報告してきた複数の分子経路を、さらに支持するものでした。すなわち、シナプス、細胞骨格、熱ショック、転写、RNA代謝、DNA損傷修復に関連する機能を共通病態として予測しました。そして、加えて今回の研究成果は、HMGB1-TLRシグナル伝達経路、小胞体安定性が、2つの認知症の共通病態のトリガー(引き金)として重要であることを予測しました。

 この結果は、研究グループが報告してきたHMGB1-TLRシグナル伝達経路と小胞体安定性に深く関連するネクローシス※5の1種である、アルツハイマー病の超早期細胞死TRIAD※6(Tanaka et al, Nature Commun 2020)、髄液・血液でのHMGB1※7およびSer46リン酸化MARCKSの増加(Fujita et al, Sci Rep 2016; Tanaka et al, Nature Commun 2020; Homma et al, Life Sci Alliance 2021)、HMGB1に対するモノクローナル抗体による認知症治療(Fujita et al, Sci Rep 2016; Jin et al, Commun Biol 2021)の正当性を強く支持するものでした。仮説を排したビッグデータの数理解析によって、病態、バイオマーカー、抗体医薬の面で、超早期病態および共通病態が支持されたことから、この方向を目指した認知症研究および治療法実用化がさらに加速するものと考えられます。
 
 また、認知症の治療は、がんの治療と同様に、多剤併用療法や、さらには複数の異なるモダリティの治療法を組み合わせた形に発展することが予想されています。今回の成果は、そのような複合的治療や、それぞれの患者さんに適した治療薬を選ぶ個別治療につながっていくことが期待されます。

【用語解説】

※1 前頭側頭葉変性症(FTLD)
前頭側頭葉変性症(FTLD)はアルツハイマー病、レビー小体型認知症に次ぐ有病率を示す認知症のひとつで、細胞内にタウ、TDP43などの異常タンパク質が蓄積・凝集することが病理診断の重要な要素である。前頭側頭葉変性症には、遺伝性の明瞭な家族性発症と、遺伝性の不明瞭な弧発性発症があり、VCP遺伝子、PGRN遺伝子、CHMP2B遺伝子、TDP43遺伝子などが、家族性前頭側頭葉変性症の代表的な原因遺伝子※2として知られている。これらの遺伝子から産生されるタンパク質は、種々の機能を持っていますが、いずれもDNA損傷の修復に重要な役割を果たすことで共通している。

※2 アルツハイマー病と前頭側頭葉変性症の共通病態
岡澤教授グループは以前にも、PGRN遺伝子変異による前頭側頭葉変性症の病態解析から、タウタンパク質のアルツハイマー病と同じ特定部位のリン酸化が、前頭側頭葉変性症の病態でも起きていることを示した(Fujita et al, Nature Commun 2018)。このリン酸化は、b-rafの下流に位置するPKC, ERKなどのリン酸化酵素(キナーゼ)によって生じており、今回のスパコン解析もb-raf, PKCを同定していることから、2つの研究結果は矛盾なく、よく合致していると考えられる。

※3 神経変性疾患の共通病態
『DNA損傷修復機能の低下』が神経変性疾患における共通病態であることは、岡澤教授グループが2000年代から報告を続けてきた。HMGB1(high mobility group box-1 protein;ハンチントン病・脊髄小脳失調症1型)、Ku70(ハンチントン病)、RpA1(脊髄小脳失調症1型)、そしてVCP(ハンチントン病・脊髄小脳失調症1型・脊髄小脳失調症7型・球脊髄性筋萎縮症)といった損傷DNA修復分子の機能不全と神経変性疾患との関係を報告した(Qi et al. Nature Cell Biol 2007; Enokido et al. J Cell Biol 2010; Fujita et al. Nature Commun 2013)。そののちに、神経変性疾患のリスクファクターとして、DNA損傷修復遺伝子の機能低下変異が次々に報告されたことも合わせて、今日ではDNA損傷修復不全が複数の神経変性疾患の共通病態であることが広く認められている(Ross and Truant Nature 2017; Jones et al. Lancet Neurol 2017)。さらに最近、岡澤教授グループは、DNA損傷修復不全が4種類の遺伝性FTLDの病態の全てに共通して存在していることも示した(Homma et al, Life Sci Alliance 2021)。


※4 ノックインマウス
ノックインベクターあるいはゲノム編集技術を用いて、胚細胞の染色体遺伝子の一部分を置換することにより、作製された遺伝子組み換えマウスのことを言う。トランスジェニックマウスのように、目的遺伝子の数(コピー数)が増えたり、人為的な遺伝値調節領域(エンハンサー、プロモーター)による過剰量の遺伝子発現が起きたりしないため、より自然なマウスモデルと考えられている。

※5 ネクローシス、TRIAD
細胞死は形態学的にアポトーシスとネクローシスに主に分類される。アポトーシスでは核クロマチン凝縮(アポトーシス小体)や核膜blebbingなどの核の変化が主に見られて細胞が縮小するのに対して、ネクローシスでは核よりも細胞質の形態変化が目立ち、ミトコンドリアなどの細胞内小器官が膨張、破裂し、細胞全体は膨張する。近年、ネクローシスにも特定のシグナル経路活性化により誘導されるものが知られるようになり、しかも、ネクローシスには多数の種類があることが示されている。例えば、RIP1/3によるシグナル活性化で起きるネクローシスはネクロプトーシスと呼ばれる。これに対して、岡澤教授グループが発見したTRIAD(Transcriptional Repression-Induced Atypical neuronal Death)は、RIP1/3の活性化はなく、転写機能低下、特にYAPと呼ばれる細胞生存に必須な転写補助分子の機能低下が原因である(Hoshino et al, J Cell Biol 2006; Mao et al, Hum Mol Genet 2016; Mao et al, Cell Death Dis 2016)。

※6 超早期細胞死
研究グループが報告した、アルツハイマー病における細胞外アミロイド凝集形成前から起こるネクローシスで、細胞内アミロイドがYAPタンパク質を巻き込んで、YAPの細胞生存維持作用が奪われる為に生じるTRIADネクローシスであることを突き止めている。同様に今回、TDP43タンパク質凝集前の神経細胞死が前頭側頭葉変性症で観察され、疾患タンパク質凝集前の細胞死を超早期細胞死として一般化できる可能性がある。

※7 HMGB1
High mobility group box1 の略称。概ね215個のアミノ酸から形成されるタンパク質で、細胞の核内に豊富に存在し、DNAの構造を変換する働きをもつ。この働きは転写、複製、DNA損傷修復など多くの重要な核機能を果たすうえで必須のものと考えられている。近年、HMGB1は細胞質にも移行してオートファジーやミトコンドリアDNA損傷修復にも働くことが示されている。このように細胞の生存には必須なタンパク質である一方、細胞がダメージを受けた場合には、細胞外に放出されて細胞障害もしくは炎症反応を惹起する。岡澤教授のグループは、アルツハイマー病の超早期に起こるTRIADネクローシスから放出されるHMGB1が周辺の神経細胞の突起変性を誘導すること、およびHMGB1抗体がこの神経変性の拡散を抑制することを報告している(Fujita et al, Sci Rep 2016; Tanaka et al, Nature Commun 2020)。また、同グループは、前頭側頭葉変性症の超早期においても、同じTRIADネクローシスが起きていることを報告している(Homma et al, Life Sci Alliance 2021)。今回の研究は、前頭側頭葉変性症に対してもHMGB1抗体治療が有効であることを証明している。
 


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