中・高分子医薬品であるバイオ医薬品は消化管吸収を担う小腸からほとんど吸収されないため、経口投与型バイオ医薬品開発のボトルネックになっています。今回、熊本大学の研究者らが、バイオ医薬品の消化管吸収を促進させることが可能な「新規小腸透過ペプチド」を発見しました。バイオ医薬品として最も汎用されているインスリン注射を始めとする様々な注射剤を経口投与薬として用いるための経口投与型ドラックデリバリーシステム開発に大きく貢献することが期待されます。
薬剤の中でも最も簡便でかつ安全に服用することができるのは、飲み薬です。現在上市されている多くの医薬品は低分子化合物であり、消化管吸収を担う小腸から吸収されるため、飲み薬として投与する経口製剤の形で多く使用されています。一方、近年注目されているインスリンや抗体、核酸などのバイオ医薬品は、こうした低分子化合物より構成分子量が大きい中分子・高分子化合物であるため、消化管吸収を担う小腸からほとんど吸収されません。そのため、現在、バイオ医薬品の経口製剤はなく、注射薬として使用されています。注射は患者にとって身体的、精神的に負担の大きな投与方法です。
「細胞膜透過ペプチド」は細胞膜を通り抜けて細胞内に内在化する能力をもつペプチドで、これを細胞膜透過性が低いペプチドやタンパク質、核酸などに結合させることで細胞内への送達を促進させることが可能です。このため、高分子医薬品の小腸吸収(小腸透過)を促進させる方法として注目されています。しかし、既存の細胞膜透過ペプチドをバイオ医薬品に結合させた場合、小腸吸収改善効果が小さいことが問題となっています。
熊本大学の研究者らは、この理由を、既存の細胞膜透過ペプチドが消化管から小腸上皮細胞内への輸送を促進させる一方で、細胞内から血液中への輸送は促進していないためではないかと考えました。そこで、彼らはバイオ医薬品の消化管吸収を促進させる「小腸透過ペプチド」をあらたに発見することを目指しました。
目的の機能を持つペプチドを探索するのに、ファージと呼ばれるウイルスを使用する方法が広く用いられています。様々なアミノ酸配列(109種類)の環状ペプチドを提示するファージ群(ファージライブラリ)の中から、ヒト小腸吸収モデルとして汎用されているCaco-2細胞層を“透過”するファージを集め、細胞を透過したファージが有するペプチドを解析しました。ファージの大きさは約1マイクロメーターであり、バイオ医薬品よりも大きいことから、ファージの小腸吸収を促進する環状ペプチドはバイオ医薬品の吸収を促進する能力を有することが期待されます。
解析の結果、3種類の新規環状ペプチドを同定しました。これらの環状ペプチドはCaco-2細胞に加え、マウス小腸においてもファージの小腸吸収を促進させました。この環状ペプチドの小腸吸収メカニズムを解析した結果、環状ペプチドは細胞外の巨大な物質を細胞内に取り込む際に活用する「マクロピノサイトーシス」という仕組みを介して細胞内へ移行していることが分かりました。
研究グループの熊本大学の大槻 純男教授は次のようにコメントしています。 「本研究の成果は、小腸において吸収されない分子量の大きなバイオ医薬品などに新規小腸透過性環状ペプチドを結合させることで、これまで注射剤として用いられてきた医薬品の経口投与を可能とするものです。今後、患者QOLの向上に繋がる発展が期待されます。」
本研究成果は、「Journal of Controlled Release」に2017年7月27日掲載されました。
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[Resource]
Yamaguchi, S.; Ito, S.; Kurogi-Hirayama, M. & Ohtsuki, S., Identification of cyclic peptides for facilitation of transcellular transport of phages across intestinal epithelium in vitro and in vivo, Journal of Controlled Release, Elsevier BV, 2017, 262, 232-238.
DOI: 10.1016/j.jconrel.2017.07.037
Journal
Journal of Controlled Release