世界中に存在するアリのおよそ10分の1は近い親戚同士です。これらは皆、アリ類の323ある属のうち、オオズアリ属と呼ばれるたった1つの属に属しています。沖縄科学技術大学院大学のエヴァン・エコノモ准教授いわく、「どこの熱帯林に行っても、散歩をすればこの属のアリを踏むことになります。」 オオズアリ属は熱帯雨林から砂漠まで幅広い生態系に分布しています。しかし、オオズアリ属のアリがどのように多くの種へと進化し地球全体に広がったかという点について、グローバルな視野でとらえた研究はこれまでなされてきませんでした。エコノモ准教授率いる生物多様性・複雑性研究ユニットの研究者らとミシガン大学の共同研究者らは、世界中から集めたオオズアリ属のアリ300種の遺伝子配列を比較しました。これらの配列は、いつどこで各々の種が新種に進化したのかを示す系統樹を構築するために利用されました。その作業と同時進行で、学術文献や世界各地の博物館、大規模なデータベースを駆使し、オオズアリ属のアリおよそ1200種全てが地球上のどこに生息しているのかについてデータを収集し、各アリ種ごとの分布マップを作成しました。本研究成果は、Proceedings of the Royal Society Series B誌 (英国王立協会紀要、シリーズ B)に掲載され、オオズアリ属は同じような進化を2度遂げており1度目は新世界で、そして2度目は旧世界で繁殖を行うために進化したことを示唆しています。
エコノモ准教授はプロジェクト開始にあたり、まずオオズアリ属の各種を代表するアリ試料を選定しました。次に、これらの試料のDNA配列を解読して種間の遺伝的な類似性を同定し、オオズアリ属の進化の歴史を表す「家系図」をコンピュータを用いて再構築しました。アリのような一見取るに足らない生き物にこれほどの労力をかけるのはもったいないと思えるかもしれませんが、実は多くの生態学者がアリを使って、進化やアリの生息する陸域生態系についてより理解を深めようとしています。 「アリはテストケースとして優秀なのです」とエコノモ准教授は述べました。アリは、陸上のほぼ全ての生態系に豊富に存在し、そのバイオマス(生物量)は多くの場合脊椎動物を全部合わせた量に匹敵します。アリは、土壌通気、栄養循環、及び植物の種子散布等において重要な役割を果たします。また我々人間にも経済的な影響を及ぼしています。アリの中には害虫になる種もあり、数十億ドル(数千億円)の損害を与えているからです。加えて、アリの社会的行動は多くの研究者の興味を惹くため、哺乳動物や鳥類ほど研究されてはいませんが、節足動物の中では比較的多くの研究文献が蓄積されています。特にオオズアリ属のアリは、世界中どこにでもいることから、広範囲の生態系にわたる見識をもたらしてくれます。そのため、オオズアリ属の進化を理解することは、単なるアリについての知見というレベルを超えたより大きな影響を与えるのです。
エコノモ准教授は作成したオオズアリ属の系統樹と、同属の各アリ種の生息地を示す分布マップを突き合わせました。何百もの種がほぼ全大陸に生息しているのだから、世界各地で移動と定着が幾度も繰り返されたのではと考える方もいるかもしれません。それが事実であれば、近縁種が異なる大陸にまたがって生息している結果となったでしょう。しかしその代わりに同准教授が発見したのは、進化的な類縁関係の上では、オオズアリ属は主に2つのグループに分けられるということでした。1つのグループは新世界つまりアメリカ大陸に、もう1つは旧世界つまりヨーロッパ、アジア、アフリカ、オーストラリア大陸に分布しているのです。
「新世界と旧世界は互いにほぼ完全に独立しています」とエコノモ准教授は述べました。同准教授によると、オオズアリ属は、最初に新世界で1つの種から600以上の種へと棲息域を広げし、そのうちの1種が後に旧世界に進出、その地でさらに600程度の種へと進化したのです。
オオズアリ属の種の分布には気候パターンもみられます。というのも、暖かく湿った気候ではより優占的になる傾向があるのです。「これらの種は、特定の地域では量的に他生物を圧倒している優占種です」とエコノモ准教授は述べ、「しかも、独立して進化してきたにも関わらず、このパターンは一貫してみられます」と語りました。このことから、進化とは繰り返されるものであり、ある程度決定論的であることが示唆されます。すなわち、オオズアリ属が熱帯生態系で優占種となっていることには、恐らく何らかの理由があるのです。このアリの優占的成功は単なる偶然ではありません。 「考えられることとして、オオズアリ属は成功の鍵となるイノベーションを起こし、それによって他の種に対して優位になった可能性があります」と同教授は述べ、「そうである可能性はありますが、どのようなイノベーションであったのかは現時点ではわかっていません」と語りました。
今後、エコノモ准教授は、オオズアリ属ではなぜこれほど多くの種が共存できるのかについて理解したいと考えています。そのため、オオオズアリ属のアリが食べ物や巣、その他の必要なものをどのように探し出し、生息環境で繁栄しているのかを研究する予定です。これらの習性が明らかになれば、オオズアリ属のアリ種が多く共存できるのは、同属が生存能力に最も優れているからなのか、それとも、単に多くのアリ種を支えることのできる生息環境のおかげなのか、という疑問を解明するヒントとなります。 「生態学全体にとって大きな問いです」と同准教授は述べ、「アリのみに留まる話ではありません」と語りました。何より本論文は、アリの生物多様性の理解に向けた意義ある一歩となりました。 「オオズアリ属は極めて扱いづらい属です。あまりに多様性が高く、種の同定が難しいからです」と同准教授は説明し、「ですので我々の研究が、他の科学者の役に立ち、地球の多くの生態系において支配勢力であるこの生き物の理解の手助けとなれば幸いです」と締めくくりました。