【研究の背景】
重水素と三重水素を用いた核融合反応によって発生する高速のアルファ粒子(ヘリウムイオン)は、プラズマを加熱して核融合反応に必要な高温状態を保持する重要な役割を担っており、その挙動の予測と制御は核融合反応を持続させる鍵を握っています。一方、プラズマは、総体として捉えると、電気を通す流動体でもあり、電流が流れることによって磁場が発生することから、磁気流体1)と呼ばれています。磁気流体であるプラズマは振動します。このようなプラズマの振動周期と、高速アルファ粒子がプラズマ内部を周回する周期が一致すると、共鳴によって振動の振幅が増大する可能性があります。その結果として高速アルファ粒子がプラズマ外部へ飛び出してしまうので、核融合炉の性能が低下することが懸念されています。核融合発電を実現するためには、プラズマの振動との相互作用を考慮した、高速粒子分布に関する信頼性の高い予測が必須です。
【研究成果】
核融合科学研究所の藤堂泰教授、王灏助教らの研究グループは、プラズマの様子と、高速粒子(図1)の動きを同時にシミュレーションできるプログラム(流体と粒子を連結するのでハイブリッド・シミュレーション2)と呼びます)を開発しました。これにより、プラズマと高速粒子を別々に計算していた従来の方法では不可能だった、プラズマの振動と高速粒子との相互作用をシミュレーションで詳しく調べることが可能になりました。
このハイブリッド・シミュレーションプログラムを用いて、スーパーコンピュータ(核融合科学研究所のプラズマシミュレータおよび国際核融合エネルギー研究センターのHelios)上で大型ヘリカル装置(LHD)プラズマの大規模シミュレーションを実行しました。LHD実験では、中性粒子ビーム入射によって生成する高速粒子を利用して、高速粒子とプラズマの振動の研究を進めています。図2に示すシミュレーション結果は高速粒子が引き起こすプラズマの振動の実験データをよく再現するとともに、実験では計測することができない詳しい振動の様子や、振動を増幅させる高速粒子と振動の相互作用を明らかにしました。このハイブリッド・シミュレーションプログラムはLHDの他にも国内外の核融合プラズマ実験装置に適用され、高速粒子分布と振動に関する実験結果との比較により、その信頼性が確認されています。今回、LHDの実験を再現できたことで、世界中の核融合プラズマ実験装置の高速粒子とプラズマ振動をシミュレーションできるプログラムを、世界で初めて完成させました。
本研究成果は、10月17日から京都で開催された国際原子力機関核融合エネルギー会議で発表されました。
【研究成果の意義】
本研究所が開発したハイブリッド・シミュレーションプログラムによって、核融合炉心プラズマにおける高速アルファ粒子分布の予測精度が大きく向上しました。これにより、信頼性の高い運転シナリオの提案や核融合炉の設計、さらには核融合炉の早期実現に貢献できます。また、今回の成果により高速粒子と振動の相互作用に関する理解が進展しました。プラズマの振動は、プラズマを加熱する高速粒子の損失をもたらす一方で、振動が高速粒子から受け取ったエネルギーをプラズマに与えることにより、逆にプラズマを加熱することがあります。この物理機構は研究者の関心を集めており、本研究で得られた知見は、その研究基盤となる可能性を秘めています。
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【用語解説】
1)磁気流体モデル
プラズマを電導性流体として取扱い、プラズマの密度、流体速度、圧力と電磁場の時間発展を記述する物理モデル。
2)高速粒子と磁気流体のハイブリッド・シミュレーション:
磁気流体モデルはプラズマ全体の振舞いを説明できる優れた物理モデルであるが、高速粒子とプラズマの振動の相互作用の研究では、個々の高速粒子の軌道を追跡する必要がある。高速粒子と磁気流体のハイブリッド・シミュレーションは、個々の高速粒子の運動と磁気流体の時間発展を物理的に矛盾なく連結したシミュレーションである。
Journal
Nuclear Fusion