世界で最も重要な広く栽培されている作物のひとつであるパンコムギについて、国際研究チームは十分にアノテーションが付加されたリファレンスゲノムを提示した。画期的なこのゲノム配列は、人間の栄養と作物の回復力というニーズへの対応を目指した新種の小麦の開発を加速させる強力な新しいツールである。Scienceの2本の記事とScience Advancesの1本の記事がこの躍進に注目している。どの記事もコムギの生態を理解する上で質の高いこのゲノムが役立つことを強調しており、ゲノミクスに支えられた革新的な育種が見込まれる。
コムギは世界的な主要栄養源である。人口の急増や環境の変化に伴って、生産量の増加、栄養価の向上、害虫への抵抗性と生育環境の変化への耐性の強化が実現できる新しい品種への要望が高まっている。作物の詳細なゲノム配列があれば、作物の最も有益な内在的特性を知る手掛かりが得られ、より丈夫な品種の開発を飛躍的に進めることができる。しかし現代のパンコムギは別個の祖先ゲノム3つが複雑に混ざったもので、結果、そのゲノムを完全解読することは非常に困難である。
Scienceの1本目の記事では、国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IWGSC)がパンコムギの一種であるChinese Springについて質の高いアノテーションが十分に付与された初のリファレンスゲノム配列を提示している。地図のようにIWGSC Reference Sequence(RefSeqv1.0)は、この小麦品種の染色体21本全てにわたって107,000を越える遺伝子と400万を越えるマーカーの位置と構造を示しており、その一部は農業上重要な特性に関係している。著者らによると、RefSeqv1.0と呼ばれるこの配列はCRISPRベースのゲノム修飾など様々な方法で研究に利用できるという。
Scienceの2本目の研究では、新しいリファレンスゲノムを使って、ホメオログ、つまり類似してはいるが由来する祖先ゲノムは異なる遺伝子コピーの発現についてゲノム規模で分析を行っている。パンコムギについてこれらを正確に示すことは倍数性コムギの基本的な生態の理解を深める上で役立つ。Ricardo Ramirez-Gonzalezらは遺伝子発現データセットとIWGSC RefSeqv1.0コムギゲノム配列を組み合わせることで、コムギの様々な組織、発育段階、栽培品種にわたるホメオログ間での遺伝子発現のバランスを明らかにした。彼らは、発育中およびストレスへの暴露中の遺伝子発現と共発現ネットワークにおける組織特異的なバイアスを突き止め、これらの研究結果は農業上有用なコムギの特性を支える鍵となる遺伝子を標的とする際のフレームワークになると述べている。
最後はScience Advancesに掲載された新しいIWGSCリファレンスゲノム配列を活用した研究で、研究者らはコムギが引き起こす様々な免疫病やアレルギー、たとえばセリアック病やパン製造業者の職業性喘息、小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)の一因となるタンパク質を詳細に研究している。特定のコムギタンパクに暴露することで重篤なアレルギー反応が出る人がいる。たとえば世界的に蔓延している慢性炎症性疾患であるセリアック病は、プロラミンタンパク質であるグリアジンとグルテニンによって引き起こされる。両者ともコムギには一般的な物質である。また、別の種類のタンパク質に呼吸器官や皮膚が暴露しても有害な免疫反応が起きる。しかしコムギはゲノムが複雑である上に完全なゲノム情報がないことから、これらのタンパク質の性質を詳しく理解することは難しい。Angela JuhászらはIWGSC RefSeqv1.0コムギゲノムを使って、アレルギーを引き起こすことが知られているコムギタンパクをコードする遺伝子を探し、配列全体にわたってその各々をマッピングした。Juhászらの解析により、免疫応答性タンパク質に関係すると考えられる既知と未知の遺伝子合わせて828が特定された。この結果によって、セリアック病やWDEIAに関係しているのはデンプン性胚乳(小麦粉になる部分)に発現する遺伝子、一方、パン製造業者の職業性喘息に関係しているのは様々な脂質伝達タンパク質とα‐アミラーゼトリプシンインヒビター遺伝子ファミリーであることが示された。さらに、開花期の温度ストレスがセリアック病とWDEIAに関係する主なタンパク質の発現を促進する可能性があることも判明した。Juhászらは、自分たちの詳細な分析は消費する人間にとって問題のあるタンパク質の発現における環境と生育条件の役割を解明する上で重要な手掛かりになると述べている。また、食品業界にとって有用な他の小麦品種についても低アレルギー種を生産する際の情報になる。
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