News Release

細胞の老化を防ぐ酵素「SETD8」を発見

−老化をコントロールできる時代に向けて−

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

Young Fibroblast Cells

image: These are young fibroblast cells. Nucleoli (red). Mitochondria (green). Genomic DNA (blue). Scale bar: 20 micrometers. view more 

Credit: Professor Mitsuyoshi Nakao

熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の中尾光善教授、田中 宏研究員(同大学院医学教育部博士課程修了)らは、網羅的な遺伝子解析を用いて、細胞の老化をブロックする酵素とそのしくみを初めて解明しました。「SETD8※1」は細胞増殖や数多くの遺伝子の働きを調節する酵素です。今回、老化細胞※2においてSETD8の量が著しく減少すること、また、正常な細胞でSETD8を阻害すると細胞が速やかに老化することが分かりました。また、老化細胞はエネルギー産出能力が高く、そのしくみも不明でしたが、SETD8が減少することによって細胞内の核小体※3とミトコンドリア※4に関わる遺伝子群の働きが活発化し、タンパク質合成とエネルギー産生が増加することを解明しました。

この成果は、SETD8が減少することで細胞老化が促進されるメカニズムを明らかにしたことから、老化のしくみの解明および制御法の開発につながることが期待されます。

我が国の高齢化は、世界に類を見ないスピードで進展し、今後も高齢化と平均寿命の延長が予測される中、“健康を維持しながら老いる”ことが重要になっています。身体を構成する多くの細胞は、分裂を繰り返して増えると、やがてその機能が低下して増殖を停止します。これを「細胞老化」と呼んで、健康と寿命に関わる重要な要素と考えられています。細胞老化を引き起こす多くのストレスが知られてきましたが、老化のメカニズムは未だよく分かっていません。例えば、放射線や紫外線などの物理的なストレス、薬剤などの化学的なストレスによってゲノムDNAが損傷を受けると、細胞老化が促されます。細胞老化には良い点も悪い点もあります。細胞ががん化を始めると、細胞老化が生じてがんの発生を防ぐ役割をしています。他方、老化によって多くの病気が起こりやすくなります。従いまして、細胞老化は適切に制御されることが重要なわけです。

老化細胞は、肥大して扁平な形態になって増殖能を失います。ところが、近年、老化細胞はさまざまなタンパク質を分泌して周囲の細胞に働きかけて、時には慢性的な炎症やがん細胞の増殖をかえって促進することが分かってきました。予想される以上に、老化細胞はアクティブに働いていますので、細胞老化は、身体全体の老化の原因になると考えられるようになりました。例えば、老齢マウスには老化細胞が多く蓄積しますが、これらを除去すると全身の老化が抑えられるという報告があります。つまり、細胞老化を制御できれば、全身の老化を防ぐことができるかもしれません。

当該研究グループは、「エピジェネティクス」とよばれる学術の観点から、細胞老化のメカニズムについて研究を進めてきました。私たちの設計図に当たるゲノムには、約2万5千個の遺伝子があります。エピジェネティクスは、すべての遺伝子の働き方(ON/OFF)を明らかにする研究分野であり、生命現象や病気の発症、さらに老化にも密接に関わると考えられます。現在までに、我々はヒト線維芽細胞(各組織を支え、増殖や分化、修復を助ける働きをもつ細胞種)の老化に関わる因子を幅広くスクリーニングして、複数の因子を同定しました。 正常な細胞は、数多く分裂して複製した後に増殖を停止します(複製後の老化)。また、がん遺伝子が活性化してがん化が始まると、それを阻止するために老化がおこります(がん遺伝子で誘導される老化)。こうした老化細胞を調べる中で、「SETD8メチル基転移酵素」が著しく減少することを見出しました。これまで、SETD8は細胞増殖や遺伝子の働きを調節することが報告されています。とりわけ、ゲノムDNAに巻き付く「ヒストン」タンパク質をメチル化して、その近傍の遺伝子の働きを抑えると考えられています。しかし、細胞老化との関連性は知られていません。そこで、線維芽細胞において、SETD8の遺伝子の働きを抑えるノックダウン(RNA干渉法)を行ったところ、細胞老化が誘導されて、老化細胞の典型的な特徴が現れました。さらに、SETD8の酵素活性を阻害する薬剤を用いると、同様の細胞老化を認めました。つまり、SETD8は細胞老化を防ぐ役割をもつことが分かりました。

次に、SETD8が減少した老化細胞を詳しく調べるために、すべての遺伝子発現を網羅的に解析しました。その結果、細胞老化に関わる遺伝子群の発現が増加していましたが、とりわけ、?細胞のタンパク質合成を担う「リボソームタンパク質」と「リボソームRNA」の遺伝子群、?細胞増殖を阻害するタンパク質の遺伝子群の働きが増加していました。これらの遺伝子群に位置するヒストンは、増殖中の細胞ではSETD8によってメチル化を受けていますが、SETD8が減少した老化細胞ではメチル化が低下していました。つまり、SETD8の減少によって、これらの遺伝子群の働きが活性化して、タンパク質合成の亢進および増殖停止がおこることが示されました。

さらに、?と?の遺伝子群がエネルギー産生(代謝活性)に主に関わることから、その役割について検討を進めました。老化細胞はアクティブに働くために多量のエネルギーを産生する仕組みをもっているはずです。細胞の代謝状態を調べる機器「細胞外フラックスアナライザー」を用いて、酸素消費速度(代謝能)を測定しました。細胞のエネルギー産生を担う「ミトコンドリア」でエネルギーを産生するには、酸素を必要とするからです。老化細胞ではミトコンドリアの代謝機能が著しく上昇していることを我々は老化専門誌「エイジング・セル(Aging Cell)」に2015年に報告しています。今回、こうしたミトコンドリアの活性化もまた、SETD8によって調節されていることが分かりました。顕微鏡で観察すると、大きく扁平な形態をもった老化細胞では、核小体とミトコンドリアが顕著に発達していることが確認できます。従って、SETD8が減少することによって、細胞老化とその代謝活性化が促進することが明らかになりました。つまり、SETD8は増殖停止と代謝活性化を抑制することで、細胞老化を防ぐと考えられます。

今回の研究成果は、SETD8が細胞老化を防御するという発見を契機として、老化の基本メカニズムを明らかにしたものであり、老化のしくみ解明および制御法の開発に役立つと期待できます。

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