研究の背景
核融合発電の実現を目指して、磁場で高温高密度のプラズマを閉じ込める研究が世界中で行われています。ドーナツ状の磁場によって閉じ込められたプラズマは、圧力が上がる(高温・高密度になる)につれて不安定になる傾向にあり、場合によってはプラズマが変形して、プラズマの温度や密度が下がってしまうことがあります(変形が進む性質のことを「不安定性」と呼びます)。このような圧力の上昇によって現れる不安定性には、磁場の弱いところだけに現れる局在化したタング状(舌状)の変形を引き起こすものと、プラズマ全体の変形(モードと呼ばれます)を引き起こすものの2種類の不安定性が存在することが、1968年にアルツィモヴィッチ博士によって提唱されていました。モードと呼ばれる変形は、プラズマ全体に発生して長時間持続するものが多く比較的観測が容易なため、数多くのモードが実験的に検証されてきました。一方、タング変形は、局在化しているためにプラズマの一部にしか現れず、しかも1万分の1秒程度しか持続しないので観測が困難で、これまで実験的に検証されていませんでした。この変形の持続時間は短いのですが、この不安定性によりプラズマの突発的崩壊現象が引き起こされるため、プラズマの良好な閉じ込めが阻害されてしまうことが、理論的には指摘されていました。
研究成果
今回、本研究所の居田克巳教授・小林達哉助教らの研究グループが、九州大学応用力学研究所の稲垣滋教授との共同研究により、大型ヘリカル装置(LHD)において、タングと呼ばれる局在化したプラズマの変形を世界で初めて観測しました。今回、突発的崩壊現象そのものではなく、その直前のプラズマの小さな変形に注目することで、初めてタング変形を見いだしました。さらに、タング変形により引き起こされたプラズマの突発的崩壊現象において、プラズマの粒子の速度分布を詳しく調べた結果、変化が発生していることを初めて観測しました。これは、実空間のひずみが位相空間のひずみを引き起こすという現象の発見につながっています。
世界で初めてタング変形を発見したというLHDでのこの研究成果は、アルツィモヴィッチの予想を実験的に検証するもので、プラズマ科学における50年来の謎に迫る成果であると同時に、高温・高密度のプラズマの維持するための指針を与え、世界各国で行われている核融合研究の進展に、大いに貢献するものと期待されます。このタング変形は突発現象の前兆ともいえるものであり、自然界に見られる多くの突発現象(例えば太陽フレアー等)の前兆として、「局在化した変形」の重要性を指摘したという点において、今後更に広く学問的波及効果が期待されます。
図1はモード変形(左)とタング変形(右)の違いを示したものです。モード変形はプラズマ全体の形がひずんで、ドーナツ状のプラズマ形状が真円からずれる変形です。これに対し、タング変形はドーナツ状のプラズマ形状の一部分に舌(タング)のようなものが飛び出す変形です。モード変形が起こってもプラズマが壊れる事はありません。これに対しタング変形は、飛び出したところがプラズマの崩壊を引き起こす引き金となるために、危険な変形と考えられます。
【用語解説】
タング変形:プラズマの変形の一種で、全体におこる変形(モード)ではなく、一部に起こる変形をさす。ゴムの厚さが均一の風船に空気をいれて全体が膨らんでいる状態がモード変形です。これに対してゴムの厚さが部分的に薄い風船を膨らますと、薄い部分だけがぷっくり余分に膨らみます。このような変形の仕方をタング変形と呼んでいます。
アルツィモヴィッチ:旧ソ連の核融合研究のリーダー。1973年没。1969年に旧ソ連のクルチャトフ研究所において、トカマク型装置「T-3トカマク」で1000万度の電子温度を達成した。このことにより、核融合分野においては世界的にトカマク型装置がブームとなり、現在のITERに至るまで精力的に研究が続くきっかけを作った。
崩壊現象:薄い部分だけがぷっくり膨れた風船にさらに空気を入れると、この部分から割れてしまいます。これと同じように、プラズマも変形が一カ所に局在していると、そこからプラズマの崩壊が起こります。タング変形は崩壊現象の前兆と考えられます。
位相空間のひずみ:プラズマは高温のガスであるが、すべての粒子が同じ速度を持っているわけではなく、速度の大きい粒子と小さい粒子がマックスウェル分布という温度で決まる比率で分布していることが知られています。この一定の比率からのずれを位相空間(速度空間)のひずみと言います。
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Journal
Scientific Reports