東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・硬組織病態生化学分野の横山三紀准教授、顎顔面外科学分野の山本大介大学院生らの研究グループは、舌がんの病理標本の浸潤先進部においてクローディン-1の細胞内局在が頸部リンパ節転移と相関することを明らかにしました。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)次世代がん医療創成研究事業(P-CREATE)「口腔がんの悪性化機構の解明とそのメカニズムに基づく新規治療標的探索研究」(研究代表者:渡部徹郎)、文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Cancer Scienceに、2019年12月20日(米国東部時間)にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
クローディン-1は細胞膜に存在し、隣接する細胞間に密着結合を形成して物質移動を制限するタンパク質です。口腔領域におけるクローディン-1は重層扁平組織の基底層に存在し、外来性の異物の侵入を防ぐバリアとして機能します。一方、近年の研究によりがん細胞のクローディン-1はバリアの形成とは異なる機能をもち、がん細胞の生存や周囲の組織への浸潤の促進に関与することが報告されています。しかし、肺腺がん、前立腺がん、直腸がん、大腸がん、乳がんなどにおけるクローディン-1の発現レベルとがんの悪性度との相関を調べた結果から、クローディン-1の発現が高い場合に生存率が低下して悪性度が高いという報告もあれば、その逆の報告もあるという複雑な状況がわかってきました。このことからクローディン-1とがんの悪性度との関係を考える時に、発現レベルに注目するだけでは不十分であると考えられます。
【研究成果の概要】
本研究では、東京医科歯科大学顎顔面外科分野で手術された舌切除標本に対して、クローディン-1の免疫組織染色をおこないました。クローディン-1の発現レベルと臨床病態に相関は認められませんでしたが、クローディン-1を高発現している症例では、がんの中心部ではクローディン-1がほとんど細胞膜に局在しているのに対して、浸潤先進部では細胞内への移行がみられる場合があることが見出されました。そこで、クローディン-1高発現群において浸潤先進部でクローディン-1が細胞内にある症例と、細胞膜にある症例に分類したところ、前者は後者に比べて頸部リンパ節に転移する頻度が有意に高いことがわかりました。
クローディン-1とがんの浸潤との関連をさらに調べるために、舌扁平上皮がん由来SAS細胞を用いた生化学的な解析を実施したところ、クローディン-1はエンドサイトーシスにより細胞内に移行しており、エンドサイトーシスの阻害剤はSAS細胞の運動性を抑制することがわかりました。また、SAS細胞のクローディン-1を欠失させるとSAS細胞の運動性が亢進されることが見出されました。これらの結果から、クローディン-1が細胞膜に存在して細胞同士を密着させている場合には細胞の運動性が抑制され、クローディン-1が細胞内に移行して細胞膜からなくなると運動性は亢進する、すなわち浸潤が起こりやすくなる、という可能性が示唆されました。
【研究成果の意義】
クローディン-1は本来細胞膜に存在して細胞間の物質透過を抑制するバリアを形成する分子です。しかし、本研究の結果から、クローディン-1が細胞膜から細胞内に移行することが、がん細胞の浸潤の亢進に寄与することが示唆されました。バリア機能以外のクローディン-1の作用により生存・転移能を獲得したがん細胞が、浸潤先進部ではクローディン-1を細胞膜から取り除いて浸潤の効率を高めている可能性があります。従って、「細胞内局在」に着目することによりクローディン-1の診断マーカーとしての有用性を高めることが期待されます。さらに、クローディン-1の細胞内移行を阻止することにより浸潤を食い止める治療法の可能性が考えられます。
【用語解説】
*1クローディン-1
27種類のメンバーからなるクローディンファミリータンパク質の一つである。クローディンファミリータンパク質はいずれも4回膜貫通構造をもち、密着結合を形成する。
*2密着結合(タイトジャンクション)
上皮細胞の細胞間に形成される細胞接着装置の一種である。隣接する細胞の細胞膜に存在するクローディン同士が向き合って結合することにより、細胞間の自由な物質の移動を抑制する。また密着結合は細胞の極性を維持する。
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Journal
Cancer Science