News Release

植物はDNAに傷が入った時、柔軟に対処する独自のしくみを持っている

2種の植物ホルモンを使い分けて統御する機構を解明〜環境ストレスに強い農作物の作出に期待~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

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image: <i>Arabidopsis</i> root tips treated with DNA-damaging agents. Green color indicates cytokinin (left) and auxin (right) signals that increase and decrease, respectively, in response to DNA damage. view more 

Credit: Masaaki Umeda

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩崎一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域植物成長制御研究室の梅田正明教授、高橋直紀助教らは、植物のDNAが傷ついた時に、サイトカイニン、オーキシンという生理作用を調節する2種の植物ホルモンの作用を変化させることで、DNA損傷ストレスに臨機応変に対処する植物独自のしくみを世界に先駆けて突き止めました。この成果は、環境ストレスに強い農作物の作出などの技術開発につながることが期待されます。

植物のDNAが損傷を受けると、モデル植物のシロイヌナズナの根では、細胞分裂の停止や幹細胞の細胞死、細胞分裂から次の段階であるDNA倍加への早期な移行など事態の推移に即した適切な応答を積極的に引き起こすことで、DNA損傷に対処していることが知られていました。しかし、これらの応答をどのように統御することで、植物がDNA損傷を克服しているのかという機構についてはわかっていませんでした。

今回、梅田教授らは、DNA損傷を受けると、根の先端で植物ホルモンの一つであるサイトカイニンの量が増えることを突き止めました。そして、サイトカイニンの増加は、細胞分裂からDNA倍加への移行を促進するとともに、別の植物ホルモンであるオーキシンの作用を弱めることで、細胞分裂の停止や幹細胞での細胞死の誘導にも関与していることを発見しました。本研究では、植物が二つの植物ホルモンを巧みに利用することでDNA損傷を受けた時の様々な応答を統御するという植物独自の環境応答機構の存在を裏付けました。

また、サイトカイニンを生合成できないシロイヌナズナの変異体では、DNA損傷ストレスに対して強くなり、根の成長が抑制されることなく、伸び続けました。そのことから、本研究の成果は、植物ホルモンの量を操作することで、環境変動に対して頑強な農作物の作出に向けた新たな戦略を見出すことができるものと期待されます。

この研究成果は、2021年6月16日付けでScience Advancesに掲載されました。

【解説】

植物は環境ストレスにさらされると、一時的に成長を抑制することでストレスへの対処を優先させます。環境ストレスについては、高温や高濃度の塩などにさらされて発生する活性酸素のほか、土壌中に含まれるアルミニウムやホウ素、紫外線や病原菌の感染などがあり、それらの要因により植物細胞内のDNAが損傷を受けることが知られています。

モデル植物であるシロイヌナズナの根は、先端部分に根端分裂組織と呼ばれる細胞増殖を行う組織を持っており、大本の幹細胞から生み出された細胞が、その組織で盛んに細胞分裂を行なっています。そして、根端分裂組織から出て分裂が停止すると、その細胞内のDNA数を倍加(DNA倍加)することにより細胞を肥大化させます。

これまでの研究で、シロイヌナズナがDNA損傷を受けると、根では根端分裂組織での細胞分裂が停止するとともに、幹細胞での細胞死が生じ、細胞分裂からDNA倍加への早期な移行といった応答を起こすことで、DNA損傷に対処していることが知られていました。そして、これら様々な応答は、DNAの修復や幹細胞の維持など、根が持続的に成長するために重要であることが明らかにされていました。しかし、DNA損傷に応答した、根でのこれら様々な応答がどのように統御されることで、DNA損傷を克服しているのかは今までわかっていませんでした。

梅田教授らは、シロイヌナズナがDNA損傷を受けると、サイトカイニンという生理作用を調節する植物ホルモンの生合成が活性化され、根端でサイトカイニンが蓄積することを発見しました。そして、DNA損傷を受けると、野生型植物は根の伸びが遅くなり、やがて止まってしまいますが、サイトカイニンの生合成の機能を失ったシロイヌナズナの変異体では根の伸長抑制が起こらずに、伸長し続けることを明らかにしました。

また、サイトカイニンの蓄積は、DNA倍加への移行を促進するとともに、別の植物ホルモンであるオーキシンのシグナル(情報伝達)を弱めることにより、根端分裂組織での細胞分裂を停止させることを発見しました。さらに、DNA損傷による幹細胞での細胞死にもオーキシンシグナルの低下が関係していることも明らかにしました。本研究では、植物は二つの植物ホルモンを組み合わせて制御することで、DNA損傷を受けた時の根での様々な応答を統御する植物独自の環境応答機構を解明しました。

【今後の展開】

植物のDNAは通常の生育過程だけでなく、様々な環境要因によっても常に損傷を受けることが知られています。本研究により、DNAが傷ついた時の根での様々な応答に、植物ホルモンのサイトカイニンとオーキシンが関わっていることが明らかになったことから、これら植物ホルモンの量を操作して根の成長を人為的にコントロールすることで、ストレス環境下でも植物全体の成長を自在に制御することが可能になることが期待されます。それにより、農作物の収量増加や植物バイオマスの増産をもたらす技術開発につながることが考えられます。そして、環境変動に対して頑強な農作物が作出できれば、食料・環境問題の解決に向けた新たな戦略を見出すことができると期待されます。

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【掲載論文】

タイトル: Alternations in hormonal signals spatially coordinate distinct responses to DNA double-strand breaks in Arabidopsis roots

著者: Naoki Takahashi, Soichi Inagaki, Kohei Nishimura, Hitoshi Sakakibara, Ioanna Antoniadi, Michal Karady, Karin Ljung & Masaaki Umeda

雑誌名: Science Advances

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses105.html

【用語解説】

植物ホルモン: サイトカイニン、オーキシンなどがある。サイトカイニンやオーキシンは受容体に感知され、そのシグナルが転写因子に伝達されることで、様々な遺伝子の発現を制御する。シロイヌナズナの根端ではサイトカイニンとオーキシンは拮抗的に働くことで、根の伸長を調節する。

DNA損傷: DNA損傷は通常の成長活動の中でも絶えず起きている。さらに、紫外線、放射線、活性酸素、病原菌感染、重金属などによっても、植物はDNAに損傷を受けることが知られている。

DNA倍加: 細胞が分裂せずに、一つの細胞内で染色体が複製を繰り返す現象で、核DNAが倍々に増える。被子植物の約70%でDNA倍加が起きることが知られている。そして、DNA倍加は細胞の成長(肥大化)をもたらす。


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