大阪大学大学院生命機能研究科の藤井高志特任助教(常勤)と難波啓一教授は、骨格筋を形作るアクトミオシン[1] 複合体繊維(図1)(アクチン繊維とミオシン繊維の複合体)の立体構造を解明し、骨格筋が高速かつ高いエネルギー効率で収縮する仕組みを世界で初めて明らかにしました。
これまで骨格筋の収縮運動は、骨格筋を形作るアクチン繊維がミオシン繊維と結合することで、構造が変化し収縮が発生するものと考えられてきましたが、ミオシン繊維がエネルギー源であるATP[2] をどのように利用するのか、そしてなぜ骨格筋が高速かつ高いエネルギー効率で収縮できるのか、その仕組みは解明されていませんでした。
今回、藤井特任助教(常勤)と難波教授はアクトミオシン複合体の像をクライオ電子顕微鏡※3 で撮影し、画像解析法を用いてその立体構造を高分解能で解析することにより、骨格筋収縮時にアクチン繊維にミオシン繊維の頭部が結合する際に起こる、ミオシン頭部の構造変化を明らかにし、更に収縮のエネルギーには「熱ゆらぎ」を有効活用していることを解明しました。
これにより骨格筋の速い収縮と高いエネルギー効率を実現する仕組みが明らかとなり、今後それに基づいた極めて省エネルギーなナノデバイス設計などへの応用が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、1月9日(月)午後7時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
これまで、ミオシン頭部の様々な状態のX線結晶構造から、筋収縮を引き起こすミオシン繊維とアクチン繊維の一方向の滑り運動は、ミオシン頭部によるATP加水分解がアクチン繊維との相互作用により加速され、その繰り返しの中で起こるミオシン頭部の構造変化によると考えられていました。つまり、ミオシン頭部の構造変化が筋収縮の力発生の原因であると考えられていましたが、それでは説明できない現象もいくつか観察されており、また骨格筋の速い収縮や高いエネルギー効率の説明もできていませんでした。
研究の内容
藤井特任助教(常勤)と難波教授は、クライオ電子顕微鏡と画像解析法の技術を進歩させ、アクトミオシン複合体繊維の立体構造を高い分解能で解明しました。その結果、アクチン繊維に結合する際に起こるミオシン頭部の大きな構造変化が初めて観察され、ATP加水分解産物のADPとPiが結合したポケットが大きく開くことで両者が急速にミオシンから解離し、そこにATPが結合することで逆の構造変化が起こり、アクトミオシンが弱結合状態となってミオシン頭部がアクチン繊維から解離するのを加速するしくみを明らかにしました(図2)。
さらに、この弱結合状態の極めて非対称な結合様式から、ランダムな熱ゆらぎによるミオシン頭部の解離が一方向に偏って起こる可能性が高いこと、その結果として個々のATP加水分解ごとに両繊維の滑る距離がミオシン頭部の構造変化より極めて長くなりうること、またブラウン運動[4] のエネルギーを有効活用することで極めて高いエネルギー効率を実現することを明らかにしました(図3)。
本研究成果が社会に与える影響
本研究成果により、アクチンやミオシンの変異によって引き起こされる骨格筋や心筋の病因解明や治療法の開発、そして極めて省エネルギーなナノデバイス設計などへの応用が期待されます。
なお、本研究は科学研究費助成事業特別推進研究の一環として行われ、大阪大学大学院生命機能研究科柳田敏雄特任教授(常勤)の協力を得て行われました。
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用語解説
※1 アクトミオシン
筋細胞の軸方向に配向して格子状に重なり合って配置する細い繊維と太い繊維を構成するタンパク質で、細い繊維がアクチンから、太い繊維がミオシンからなり、両者が結合した複合体をアクトミオシンと呼ぶ。
※2 ATP
アデノシン三リン酸のこと。代謝や合成などに使われる生体内の主要なエネルギー源で、筋収縮のエネルギー源でもある。
※3 クライオ電子顕微鏡
液体窒素や液体ヘリウムで冷却した試料ステージを装備した透過型電子顕微鏡で、重金属で染色することなく急速凍結して氷薄膜に包埋した生体分子複合体試料の電子顕微鏡像を、電子線照射ダメージを低減することにより高解像度で撮影できる装置。様々な方向での生体分子の透過像を数多く撮影して画像解析することにより生体分子の立体構造解析が可能。最近開発された電子線直接検知型CMOSカメラを使用するとタンパク質の主鎖や側鎖が見える分解能も達成可能。
※4 ブラウン運動
水溶液中の粒子や分子の熱ゆらぎによる方向性のまったくない運動
Journal
Nature Communications