近年の半導体中を流れる電子を利用した電子デバイスの高集積化に伴い,発熱や高速化の鈍化が喫緊の課題です。そこで,現在の電子デバイスのデザインルールを根本から変えてしまう,異なった物理に基づいた次世代コンピュータの開発が求められています。そんな中,電子の移動以外を起源とする現象に注目が集まっています。スピントロニクス,マグノニクス,あるいは磁性を介するマルチフェロイクスは,スピンを起源とすることから,電子デバイスの抱える発熱やスピードの課題を解決できると期待されております。これに伴い,これらのスピンを使ったデバイスの基盤となる材料開発の重要性は,
年々高まっています。最近では,人工的にナノスケールの構造を操作することで,自然界に存在し得ない超高性能な材料開発が進められています。
しかし,数ある材料のなかでも,複合磁性酸化物は,その構造が最も複雑な材料系の一つであり,似たような構造をもつ材料システムであっても元素の数が僅かに異なると特性が極端に変わるなど,分かっていない部分が多くあります。
今回,豊橋技術科学大学のスピン・エレクトロニクスグループはMyongji University, Harbin Institute of Technology, Massachusetts Institute of Technology, Universidad Técnica Federico Santa María, University of California, San Diego, and Trinity College Dublin と共同で,ナノサイズの鉄が柱状に集まった鉄置換チタン酸ストロンチウム(STF)膜が,単結晶を超える大きな磁性および磁気光学特性を示すことを世界で初めて見出し,この膜を使ったシリコン光デバイスの作製に成功しました。
「ほとんどの磁性酸化物システムで,原子や分子が緻密に並んだ単結晶の方が,並び方がバラバラな多結晶に比べて,磁性および磁気光学効果は大きいとされてきました。言い換えれば,単結晶のほうが多結晶よりも性能がよいのが,ある意味普通でした。」と後藤助教は話す。「しかし,ある一定の圧力下で形成したSTFでは,多結晶の方が磁気光学効果が大きくなったのです。」
幾つかの成膜圧力下で,シリコン基板上にバッファー層なしで直接STF膜を形成し,結晶構造や磁気特性をシステマティックに調べました。この中で,一定の圧力下で形成した試料だけ,室温環境下で,著しく大きな磁気および磁気光学効果を示すことが分かりました。磁性が増大された要因を調べたところ,クラスター上に鉄の成分が柱のように凝集したことにあると,明らかになりました。
これらの結果は,基板を問わない多結晶膜の磁気および磁気光学膜としての応用可能性を広げます。すでに筆者らは本論文の中で,開発した多結晶STF膜をシリコン導波路で作ったリング型の光干渉器と融合することで,0.1mmサイズの光アイソレータを形成し,動作をデモンストレーションしたことを報告しています。今後は,開発したSTFと光集積デバイス以外との組合せや,異なる材料システムでの類似現象の発現などが期待されます。
ファンディングエージェンシー:
JST さきがけ
JSPS 科研費 No. 26706009,26600043,26220902
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Journal
Physical Review Applied