名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下 俊則(きのした としのり)教授、佐藤 綾人(さとう あやと)特任准教授、大学院理学研究科の藤 茂雄(とう しげお)研究員(現・明治大学農学部特任助教)、井上 心平(いのうえ しんぺい)大学院生(当時)、東北大学工学研究科の魚住 信之(うおずみ のぶゆき)教授らの研究チームは、植物の気孔開口を抑制する新規の化合物を発見しました。
気孔は植物の表皮にある孔(あな)で、太陽光に応答して開き、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みや、水と酸素の放出など、植物体の通気口として働いています。気孔が開くためには、気孔のエンジンとして働く細胞膜プロトンポンプ注1)(タンパク質)が光によって駆動される必要があります。今回、研究チームは、気孔開口を阻害する化合物の探索を行い、いくつかの新規化合物を発見しました。これらの化合物は、気孔を閉じさせる植物ホルモン・アブシジン酸注2)とは異なった経路で作用しており、細胞膜プロトンポンプの働きを抑制するため、気孔が開かなくなることがわかりました。
さらに、これらの化合物をバラやエンバク(オーツ麦)の葉に散布したところ、乾燥による葉の萎れ(しおれ)が抑制されることが明らかとなり、切り花や生け花の鮮度保持や輸送コストの削減、農作物の乾燥耐性付与剤としての利用が期待されます。
本研究成果は、日本植物生理学会の国際誌 Plant & Cell Physiology注3)に公開されました。
【研究の背景と内容】
植物の表皮には気孔が数多く存在し、植物はこの孔を通して光合成に必要な二酸化炭素を取り込み、また、蒸散や酸素の放出など、大気とのガス交換を行っています。一つの気孔は一対の孔辺細胞により構成されており、太陽光に含まれる青色光に応答して開口します。また、暗黒条件や乾燥ストレスに応答して生合成される植物ホルモン・アブシジン酸により閉鎖します。孔辺細胞に青色光が当たると、光受容体であるフォトトロピン注4)が活性化し、細胞内でシグナル伝達を誘導します。このシグナルにより細胞膜プロトンポンプが活性化され、その後、孔辺細胞内にカリウムイオンが取り込まれることで最終的に気孔が開口します。細胞膜プロトンポンプの活性化は、気孔開口の駆動力を生み出す重要な反応ですが、青色光がどのようにプロトンポンプを活性化するのか、シグナル伝達の詳細は完全には明らかになっていません。
そこで、本研究では、化合物ライブラリー注5)を用いて、気孔開度に影響の与える化合物の網羅的な探索を行いました。本研究では、まず、植物(マルバツユクサ)の気孔開度を簡便に、かつ、効率よく計測する実験系を確立しました。次に、この方法により、約20,000化合物の中から、光による気孔開口を抑制する化合物9個と、暗所下で気孔開口を促進する化合物2個を選抜しました。また、一部の化合物について、国際特許出願(PCT/JP2017/034287)を行いました。
光による気孔開口を抑制する2化合物(SCL1, SCL2)注6)について詳細な解析を行ったところ、これら化合物は気孔閉鎖を誘導する植物ホルモン・アブシジン酸とは異なる様式で気孔閉鎖を引き起こしていること、気孔開口のエンジンとして働く細胞膜プロトンポンプの活性化を阻害することで気孔開口を抑制することが明らかとなりました。
さらに、SCL1をバラやエンバクの葉に散布し、葉を切り取って観察したところ、SCL1を散布した葉では、葉の萎れが顕著に抑制されることがわかりました。
このように、本研究では、気候開度に影響を与える新規化合物の選抜を起点とし、気孔開口の重要因子細胞膜プロトンポンプを阻害することで、切り花や生け花の鮮度保持や、農作物の乾燥耐性付与剤としての利用が期待される化合物の同定に成功しました。
【まとめ】
青色光は、フォトトロピンに受容され、細胞膜プロトンポンプを活性化し、細胞内へのカリウムイオンの取り込みを誘導します。これにより、孔辺細胞の浸透圧が上昇し、水が取り込まれ、体積が増加することによって気孔が開口します。本研究では、光による気孔開口を抑制する2化合物(SCL1, SCL2)が、植物ホルモン・アブシジン酸とは違った経路で、フォトトロピンと細胞膜プロトンポンプ活性化の間をつなぐ重要なシグナル伝達因子を阻害し、気孔開口を抑制することが明らかとなりました。さらに、SCL1を植物の葉に散布することで、植物の葉の萎れを抑制することを明らかにしました。
【本研究の意義と今後の展開】
本研究による気孔開口を抑制する2化合物(SCL1, SCL2)の発見は、植物の光合成を支える気孔開口のメカニズム解明に貢献した点において、植物生理学上、大きな意義があります。さらに、SCL1の植物の葉への散布は、葉の萎れを抑制することが明らかとなりました。植物の乾燥耐性付与効果のある薬剤として、植物ホルモン・アブシジン酸やその類似化合物の開発が進められていますが、植物ホルモンであるアブシジン酸は、種子の休眠や成長阻害など多面的な生理作用を持つため、その副作用が問題となっています。しかし、今回発見した気孔開口を抑制する2化合物(SCL1, SCL2)は、アブシジン酸のような多面的な作用を持たず、気孔のみに作用して植物に乾燥耐性を付与することから、副作用のない理想的な乾燥耐性付与剤の開発につながることが期待されます。
想定される利用方法としては、切り花や生け花の鮮度保持や、それら植物の大幅な輸送コストの削減、乾燥地での農作物の乾燥ストレス軽減などが考えられます。
【用語解説】
注1)細胞膜プロトンポンプ
ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されています。気孔孔辺細胞においては、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られています。
注2)アブシジン酸
アブシシン酸(ABA)は、植物ホルモンの一種で、乾燥などのストレスに対応して合成される。気孔の閉鎖や種子の休眠、生長抑制などを誘導する。
注3)Plant & Cell Physiology (PCP)
日本植物生理学会によって1959年から刊行されている国際誌。インパクトファクターは4.760 (2017年) まで上昇しており、世界の植物科学に欠くことのできない専門誌として国際的に認められています。
注4)青色光受容体フォトトロピン
植物特有の光受容体で、光による気孔開口の光受容体として機能します。フォトトロピンは、気孔開口の他に、光屈性や葉緑体の光定位運動の光受容体として機能することが知られています。
注5)化合物ライブラリー
構造、分子量、膜透過性が異なる化合物を集めたセットのこと。今回の研究では、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)のケミカルライブラリーセンターの佐藤綾人特任准教授が独自に収集した化合物ライブラリーを使用した。この化合物ライブラリーには、約20,000種の化合物が含まれている。
注6)SCL
本研究により発見した光による気孔開口を抑制する新規の化合物Stomatal Closing Compound(気孔閉口化合物)の略称。
【論文情報】
掲載雑誌: Plant & Cell Physiology
論文名: “Identification and Characterization of Compounds that Affect Stomatal Movements.”
(気孔開閉に影響を与える化合物の同定と作用の解析)
著者: Shigeo Toh, Shinpei Inoue, Yosuke Toda, Takahiro Yuki, Kyota Suzuki, Shin Hamamoto, Kohei Fukatsu, Saya Aoki, Mami Uchida, Eri Asai, Nobuyuki Uozumi, Ayato Sato & Toshinori Kinoshita
DOI: 10.1093/pcp/pcy061
【本件お問い合わせ先】
<研究内容>
木下 俊則(キノシタ トシノリ)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)教授
Tel:052-789-4778 Fax:052-789-4778
E-mail?a href="mailto:Fkinoshita@bio.nagoya-u.ac.jp">Fkinoshita@bio.nagoya-u.ac.jp
<報道対応>
宮崎 亜矢子(ミヤザキ アヤコ)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 広報担当
Tel:052-789-4999 Fax:052-789-3053
E-mail?a href="mailto:Fayako.miyazaki@itbm.nagoya-u.ac.jp">Fayako.miyazaki@itbm.nagoya-u.ac.jp
【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の一つとして採択されました。名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させ、新たな学問領域である植物ケミカルバイオロジー研究、化学時間生物学(ケミカルクロノバイオロジー)研究、化学駆動型ライブイメージング研究の3つのフラッグシップ研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっています。「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子の発見と開発を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な課題に取り組んでいます。
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Journal
Plant and Cell Physiology