東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、黒谷 雄司 博士課程大学院生(研究当時)の研究グループは、固体上を液体が流れるとき、ある流速以上で固体表面上の流速が0でなくなるという「スリップ現象」の物理的起源を探るべく研究を行った。古くから、固体上を液体が流れるとき、固体表面での流体の流速は0であると考えられ、「スリップなしの境界条件」として広く知られてきた。しかし近年、ナノテクノロジーの進歩により、さまざまな固体表面上でスリップ現象が実験的に観察されるようになった。一つの有力な説として、固体と液体の境界(固体壁)に気体相が形成され、見かけ上、固体と液体の境界において速度に不連続が生じるという考え方が提案されてきた。しかしながら、流れによってなぜ気体相が液体相から出現するのかという疑問は、未解明のままであった。
同研究グループは、液体の粘性が密度に依存する場合には、液体の流れに伴うずり変形と密度の間に結合が生じる点に着目した。一般には、単純ずり変形は体積変形を伴わない変形であるので、密度との結合はないと考えられてきたが、液体の粘性が密度に依存する場合にはその限りではない。そこで、流体力学の基礎方程式である質量保存則、運動量保存則(ナビエ・ストークス方程式)に熱揺らぎの効果を取り入れたモデルを用いて、固体壁に接した液体の流れを数値的にシミュレーションすることで、その機構に迫った。
その結果、まず固体壁が存在すると液体の流れがない状態でも、固体壁の近くで液体の密度の揺らぎが増大することを見出した。さらに液体に流れを加えると、密度の揺らぎが増大し、ある流速以上で固体壁表面に気体相が核形成すること、さらに流速を上げると、液体状態が不安定化し、スピノーダル分解的に気体相が生成されることを見出した。特に、固体壁が液体相よりも気体相と相性がいい(ぬれやすい)場合、この効果が顕著になることも明らかとなった。
本研究の成果は、長年の謎であった固体表面における液体のスリップの謎の解明に大きなインパクトを与えるだけでなく、流体輸送に伴うエネルギー損失の低減にも新たな指針を与えるものと期待される。
###
本成果は2020年3月27日(米国東部夏時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開される。
###
Journal
Science Advances