【研究の背景】
核融合発電は高温のプラズマ中の核融合反応を利用します。核融合発電を実現するためには、磁場でプラズマをドーナツ状に閉じ込め、プラズマの中心部の温度や密度を高くすると共に、それを取り巻く「周辺」のプラズマを制御することも必要です。閉じ込められたプラズマの周辺部には、紐状のプラズマが現れることがあります。これは、中心部から飛び出てきたもので、プラズマを閉じ込める容器の壁の方に向かって動いており、壁にぶつかってプラズマの温度を下げてしまうことが懸念されています(図1)。このような紐状のプラズマを制御するため、その動きを正確に理解し予測することが、核融合発電実現に向けての重要課題の一つとなっています。プラズマの複雑な動きを詳しく調べるためには、計算機シミュレーションが欠かせません。多数の電気を帯びた粒子(イオンや電子)の集まりであるプラズマをシミュレーションする方法は幾つかありますが、最も正確なものは、プラズマを構成する粒子一つ一つの運動と、それらが作る電場を計算するという方法です。紐状のプラズマの挙動を正確に理解するためには、このようなミクロレベル(粒子レベル)からのシミュレーション1)が求められますが、これには膨大な計算量を要するため、実行することは極めて困難でした。
【研究成果】
核融合科学研究所の数値実験炉研究プロジェクトでは、研究所のスーパーコンピュータ「プラズマシミュレータ」を用いて、「周辺」のプラズマに現れる紐状のプラズマを、ミクロレベルからシミュレーションすることに世界で初めて成功しました。プラズマシミュレータは、プラズマ・核融合科学専用計算機としては世界一の性能です。今回、計算プログラムを新たに開発するとともに、プラズマシミュレータの性能を活用することによって、10億個という膨大な数のプラズマ粒子の動きとそれが作る電場を計算することができました。これは、紐状のプラズマを塊として計算していた従来の方法で、同じ大きさのプラズマを計算する場合に比べて、1万倍以上の計算量になります。 このシミュレーションにより、従来の方法では不可能だった、粒子の動きや電場が相互に与える影響を取り入れた詳細な解析が可能になりました。そして、紐状のプラズマの動きを粒子レベルから追跡すると同時に、その中の粒子の運動や温度分布といったミクロな内部構造を明らかにすることができました(図2)。このような内部構造が分かると、それが紐状のプラズマの運動に与える影響を調べることが可能になります。更に、紐状のプラズマが不純物2)を運ぶ(輸送する)様子を明らかにしました(図3)。 本研究成果は、紐状のプラズマの挙動についての理解を大きく進展させると同時に、その予測精度を大幅に向上させるものです。本研究成果は高く評価され、11月29日から12月2日に仙台で開催されたプラズマ・核融合学会第33回年会において招待講演として発表され、大いに注目を集めました。
【用語解説】
1)ミクロレベルからのシミュレーション
プラズマを総体として捉えて計算する流体モデルシミュレーションは、少ない計算量でプラズマの大まかな挙動を知ることができますが、プラズマ粒子の運動が原因となる現象を再現することができません。プラズマを構成する粒子一つ一つの運動と、それらが作る電場を計算する方法(ミクロレベルからのシミュレーション)は、そのような現象を調べると同時に、プラズマの総体の挙動を追跡することができます。これは、例えば、人口10億人のある国の国民一人一人のお金の収支の動きすべてをシミュレーションし、なおかつ、国全体でのお金の流れを掴めるようになるのと似ており、膨大な計算量を要します。
2)不純物
周辺では、様々な理由で不純物(水素以外の炭素、酸素、鉄など)が発生しており、それらが中心部のプラズマに入り込むとプラズマの温度を下げてしまうという問題があります。この不純物の挙動を理解し正確に予測することも、核融合発電実現に向けての重要課題の一つとなっています。
3)速度分布
空気やプラズマなどの気体を構成する粒子は、その一つ一つが、それぞれ異なる速度を持って飛び回っています。この粒子の速度を横軸に、その速度を持つ粒子の数を縦軸にして描いたものが速度分布です。この速度分布の幅が温度を表しており、幅が広いほど、温度が高いことを意味しています
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Journal
Nuclear Fusion