【概要】
膵臓がんは極めて予後が悪いがんの一つであり、予後の改善のためには早期発見を可能にするバイオマーカー(血液検査などで診断の指標となる体内物質)の同定が重要な課題となります。今回、熊本大学大学院生命科学研究部微生物薬学分野 大槻純男教授、東北大学大学院薬学研究科薬物送達学分野 寺崎哲也教授、国立がん研究センター創薬臨床研究分野 本田一文ユニット長らの研究グループは、全国の多施設共同研究で集積した血液検体を用いて(図1)、早期膵臓がん患者の血中タンパク質のうちinsulin-like growth factor-binding protein (IGFBP)2およびIGFBP3の量が変化しており、従来の膵臓がんバイオマーカーであるCarbohydrate antigen 19-9 (CA19-9)と組み合わせることで、これまで難しかった早期膵臓がん患者の診断が可能であることを明らかにしました。本成果により、これまでよりも早期の膵臓がん発見が可能となり、膵臓がん患者の治療成績の向上が期待されます。 本研究の成果は、平成28年8月31日に「PLOS ONE」に掲載されました。
【研究の背景】
膵臓がんは早期では自覚症状が少なく、進行してから発見されることが多いこともあり、他のがんに比べて極めて予後不良ながんの一つです。膵臓がんの予後を改善するためには、血液検査によって早期膵臓がんや膵臓がんのリスク疾患 (膵管内乳頭粘液性腫瘍など) を診断する方法の開発が重要となります。そこで、膵臓がん組織中で正常膵管に比べて活性が高いと報告がある遺伝子に対応するタンパク質を膵臓がん診断マーカー候補とし、2種類の最新プロテオミクス技術(タンパク質の大規模な解析技術)を用いて、膵臓がん患者の血中で健常者に比べてそれら候補タンパク質の量が変化しているかを多数の臨床検体を用いて解析を行いました。
【研究の内容】
まず、膵臓がん組織で活性化していると報告されている260個の遺伝子の内、生物学的機能が明らかであり、かつ抗体が手に入る130個のタンパク質について、抗体プロテオミクスの一種である「逆相タンパク質アレイ*1」を用いて健常者および膵臓がん患者の血液を用いて比較を行いました。その結果、23個のタンパク質が健常者に比べて膵臓がん患者の血中で顕著に変化していることを見出しました。
さらに、これらの膵臓がんバイオマーカー候補を精度よく評価するために、質量分析装置を用いたプロテオミクスによる解析を行いました。この際、数多くの臨床検体の効率的な解析を可能とするため、自動前処理ロボット、高耐圧液体クロマトグラフィーおよび自動解析ソフトを用いた技術を独自開発しました。従来のシステムでは1週間に80サンプル程度の解析しかできませんでしたが、開発したシステムでは1週間におよそ1000サンプルを精度よく解析することができます (図2)。
本技術を用いて健常者および早期膵臓がん患者の血中のタンパク質を比較した結果、IGFBP2およびそのファミリーであるIGFBP3の量が、膵臓がん患者で変化していることを明らかにしました (図3)。また、既存のマーカーであるCA19-9に陰性を示す早期膵臓がん患者15例中、IGFBP2、IGFBP3では12例 (80%)を診断することができ、CA19-9で検出できなかった早期の患者さんのスクリーニングによるがんの検出が実現すると期待できます。さらに、IGFBP2は、CA19-9では陽性を示さない膵管内乳頭粘液性腫瘍といった膵臓がんのリスク疾患にも陽性を示していました。
本解析では他のがん種も含め600例近い検体の解析を行い、胃がん、胆道がん、肝細胞がん、大腸がん、十二指腸がんなどのスクリーニングにもIGFBP2とIGFBP3が有効である可能性を明らかにしました。
本研究の成果は、難治性のがんである膵臓がんの早期発見を実現することで、予後の改善に貢献することが期待できます。また、早期膵臓がんのスクリーニングにはIGFBP2、IGFBP3とCA19-9の組み合わせによる診断が必要ですが、IGFBP2、IGFBP3のみの検査であれば1滴の血液から診断することが可能であり、被験者の検査による負担を軽減できる可能性があります。さらには、研究過程において今回開発した新たな質量分析システムも、今後臨床現場などにおいて多量の検体の計測診断を可能なものに発展することが期待されます。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム」、「革新的がん医療実用化研究事業」、「次世代がん医療創生研究事業」の支援を受けて行われました。
【用語解説】
*1 逆相タンパク質アレイ: スライド上に血液を滴下し、特異的抗体で血液中のタンパク質を定量的に比較できる技術。
###
Journal
PLOS ONE