核融合実験装置や将来の核融合炉の真空容器の一部分(対向材料)はプラズマと接触しています。
プラズマのイオンが材料中に侵入すると、その粒子は中性の原子となって材料の中に溜まります。材料を構成する原子から見れば侵入してきたプラズマのイオンは不純物原子となります。不純物原子は材料を構成する原子の隙間を縫ってゆっくりと移動し、やがて材料内部に拡散します。また、一部の不純物原子は表面まで戻ってきてプラズマ中に再び放出されます。核融合プラズマの安定な閉じ込めには、材料中へのプラズマイオンの侵入と、材料中の拡散を経た再放出とのバランスが大変重要になります。 理想的な結晶構造をもつ材料中での不純物原子の拡散経路は、これまで多くの研究により良く調べられていました。しかし、現実の材料では、“結晶粒界”※2と呼ばれる結晶の断面が無数に入っています。また、プラズマに接触し続けた材料では、プラズマイオンの過剰な侵入により結晶構造が壊れていきます。このような乱れた結晶構造をもつ材料中での不純物原子の拡散経路は十分に調べられていませんでした。NINSNIFSの伊藤篤史准教授のグループは、任意の原子配置をもつ材料に対する全ての拡散移動経路を分子動力学とスパコンでの並列計算を駆使することにより高速かつ自動的に探索する手法の開発に成功しました。まず大きな材料全体を覆うよう多数の小さな領域を切り出します。その切り出した各々の局所領域の中で分子動力学によって不純物原子の移動経路を算出します。局所領域obtainedに対する計算は、系のサイズが小さく扱う原子数が少なくて済むため、非常に短時間で終了します。各々の局所領域の計算は独立して行えるため、本研究所のスパコン・プラズマシミュレータ上で並列に実行します。プラズマシミュレータでは約7万個のCPUコアが使用可能なため、7万カ所の局所領域の計算が同時に実行可能です。各局所領域の計算結果を統合することで材料全体での拡散経路が求められます。
このようなスパコンの並列化手法は、よく使われる並列化とは異なり、MPMD※3型の並列化と呼ばれます。NIFSではMPMD型の並列化を有効に使ったシミュレーション手法をこれまでにも提案してきましたが、近年の自動化の発想と組み合わせることで、今回の拡散経路の高速自動探索手法へとたどり着きました。本手法により、結晶粒界をもつ現実的な材料やプラズマに長時間接触することで結晶構造が乱れた材料に対しても、不純物原子の拡散経路を容易に求められるようになりました。この拡散経路の情報をもとに材料中の不純物原子の集団的な拡散の挙動を調べ、プラズマと材料内の粒子バランスに関する知見を深めることで、プラズマ閉じ込めの改善が期待されます。
この成果は、平成28年5月に開催された国際会議「22th International Conference on Plasma Surface Interaction」(PSI22)で発表され、学術雑誌(Nuclear Materials and Energy:オープンアクセス誌)への掲載が決定しました。
プラズマ-物質相互作用は、核融合研究では炉壁材料の長期健全性を追求することを目的として研究されています。核融合以外の分野として、半導体のプロセッシングや表面コーティングなどプラズマを積極的に利用した加工技術の開発を目的としても研究されています。本研究で開発したプラズマと接触した材料内部での不純物原子拡散経路の自動探索手法は、このようなプラズマを利用した材料加工への適用を現在検討しているところです。本手法は任意の固体材料中の不純物原子や添加物原子の拡散に対して汎用的に使えるものであるため、分野を超えた幅広い応用が期待できます。
###
用語解説
※1 分子動力学
原子または分子の物理的な動きに対するコンピューターシミュレーション技法のひとつ。原子または分子の各粒子間の相互作用を原子間ポテンシャルとしてモデル化し、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことで各粒子の軌道を決定する。
※2 結晶粒界
多くの物質は一つのきれいな結晶(単結晶)ではなく、複数の小さな結晶粒からなる構造(多結晶)をとる。二つ以上の結晶の間に存在する界面を結晶粒界と呼ぶ。多結晶を構成する結晶粒の大きさは、タングステンの場合1μm(マイクロメートル)のオーダーである。
※3 MPMD
Multiple Program Multiple Dataの略。通常よく用いられる並列化技法は複数のCPUにおいて同一のプログラムを適用するSingle Program Multiple Data(SPMD)であるが、MPMDでは制御プログラムにより管理された複数のプログラムを複数のCPUに対して適用する。そのため、SPMDにくらべてより効率的な計算資源利用が可能となる。
※4 動的モンテカルロ法
乱数を用いたコンピューターシミュレーション技法を一般にモンテカルロ法とよぶ。動的モンテカルロ法は多くの現象を含む多体系の時間発展を統計力学および確率過程論を基礎としてシミュレートする技法であり、各事象の発生頻度(遷移確率)を設定し、乱数を用いてその遷移確率にしたがう時間発展を追跡する。
Journal
Nuclear Materials and Energy