福島原発事故から5年経った今、国際的なチームによる調査報告により、汚染水の漏れが続いている原発に隣接した港湾以外のエリアにおいては、放射能汚染のレベルが急速に減少していることがわかった。しかしながら、調査報告の筆頭著者は、時間とともに変化していくリスクの評価をするために不可欠な、放射能レベルの継続的な調査のためのサポートが無いことに懸念を表している。
以上は、「Scientific Committee on Oceanic Research (SCOR)(海洋研究科学委員会)」ワーキンググループのもとに集まった世界各国からの研究者による、事故から5年経った時点での大掛かりな調査結果からの結論である。この調査は、日本で開催されている地球化学分野の国際会議ゴールドシュミット2016で発表されることになっている。また、この報告は、Annual Review of Marine Science誌に出版されることにもなっている。報告で明らかにされた主なポイントは以下の通りである:
• 事故について。2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震と津波の結果、停電が起こり、それが福島第一原子力発電所の冷却システムの破綻と過熱につながり、結果として特に沿岸海域において、放射性の気体や揮発性物質そして液体の大規模放出が起こった。この結果起こった陸上での放射性降下物に関しては、十分な調査がなされているが、海域への放射性物質の分布は、変化に富む海流による拡散が起こっていること、そしてサンプル採集が陸域よりも難しい、というような理由で、定量的調査が困難となっている。
• 放射性物質の初期の放出について。福島第一原発の事故は、過去最大の原子力関連事故のひとつであり、特に海域に影響の及ぶ事故としては前例の無い規模のものであった。しかし、セシウム137の放出量は、核兵器による放射性降下物から放出される量の五十分の一、そしてチェルノブイリで放出された量の五分の一となっている。量的には、セラフィールド核燃料再処理工場から計画的に放出された量と同等の規模である。
• 初期の放射性降下物について。放射性物質の放出は、主に初期の大気中へのベント、という形で起こった。モデル計算では、放射性降下物のうち約80%が海域に降下したこと、そしてその半分以上が福島第一原発に隣接した海域に降下したこと、が示唆されている。また、2011年4月6日頃をピークに、陸からの汚染水の流出もあった。セシウム137の海域への放出の総量の推定値には、推定の方法によっていくらかのばらつきがあるが、ほぼ15-25ペタベクレル(1ペタベクレル=1015ベクレル、ベクレルとは一秒間に崩壊する原子の個数を表す単位)の範囲に値がまとまっている。他の放射性同位体も放出されたが、セシウムは比較的長い半減期(セシウム134の半減期は2年、セシウム137の半減期は30年)を持ち、また福島原発ではもともとセシウム137が多かった、という理由で、調査はセシウムを中心に行われてきた。
• 水中での分布について。セシウムは溶解度が非常に高いので、降下後急激に海域で拡がっていった。地域ごとの海流の強弱と混合の特性により、海域によって降下物質が大量に流れ込んできた地域とそうでない地域があった。2011年のピーク時には、福島第一原発に隣接した海域では、セシウム137の量は事故前と比較して数千万倍であったが、この量は、原発から離れた場所では、距離に応じて急激に少なくなっていた。また、隣接海域でも、時間の経過とともに急速に減少していった。2014年には、ハワイの北2000キロの地点においてのセシウム137の量は、1960年代の大気圏内核実験由来のセシウム137の6倍ほど、そして北米西海岸でこれまでに核実験後に観測された降下量の2-3倍ほどの量となった。放射性降下物のほとんどは、海洋の上部数百メートルの層に集中している。北米の沿岸においては、降下物のピークは2015から2016年に訪れると考えられる。そして、その後、2020年までに、一立方メートルあたり1-2ベクレル程度(核兵器実験の結果残っている放射性物質のレベルと同程度)まで減少するであろうと考えられる。海底堆積物に含まれる福島事故由来のセシウム137は全体的には1%未満だが、福島原発に隣接した地域ではまだ高くなっている。汚染された堆積物の、底生生物による拡散や荒れた海による拡散は、大変に複雑で、まだ定量できない部分が多い。
• 海洋生物への取り込みについて。2011年の時点では、福島沖で採集された魚の半分で100Bq / kgの基準値以上の放射性セシウムが検出された。しかしながら、2015年の調査では、基準値を超える魚は全体の1%未満まで減っている。ただし、福島第一原発に隣接する港湾で採れた魚からは、まだ高レベルの放射性セシウムが検出されている。2011年4月には、高レベルのヨウ素131が魚のサンプルから検出されたが、これは半減期の短い核種なので、現在では検出可能なレベル以下となっている。福島第一原発に隣接した海域に住む種を除けば、全般的には海洋生物への長期的影響は検出可能なレベル以下となっている。
• 人間への影響について。1万五千人の命を奪った地震と津波の影響に比べると、放射線からのリスクは比較的控えめであると言える。現時点では、放射能の直接の影響によって失われた人命は無い。福島第一原発事故により避難を強いられた人々のうち、最も高い放射能をあびた人たちは、70ミリシーベルトの総放射能量をあびたが、これは、一般人口における癌による死亡の平均リスクの24%を24.4%まで増加させる程度の放射能量である。しかし、人間への影響は放射能の人体への影響にとどまらない。現在でも十万人以上の人々が福島からの避難生活を強いられていて、漁業や観光などの産業が大きな打撃を受けている。
筆頭著者であるケン・ビュッセラー博士(米国ウッズホール海洋研究所)の談話:
「この調査報告では、放出された放射性物質の量、海洋における放射性物質の動きと行方、我々にとってこれは実際のところ心配するべき問題なのかどうか、そして将来どのように状況が変わっていくのか、という点についてしっかりと理解する、という目的で、これまでに蓄積された学界、産業界、そして政府機関による調査研究の結果の多くを総合的にまとめました。
全体的には、放射能のリスクは海洋そのものにおいても、そしてそこに住む生物においても、徐々に減ってきています。ただし、福島原発に隣接した港湾ではこの限りではありません。現時点で最も高い海洋汚染は、沿岸の海底堆積物の汚染です。
このような状況にもかかわらず、今後継続的に調査をしていくために必要な資金的援助は、日本国内からもあまり得られていませんし、そして米国政府の機関からは、全く得られていません。これは、市民の関心のレベルは引き続き高い、ということを考えても、そして直接の健康被害の懸念が去った後でも継続的な調査研究によって得られる知識は莫大であろう、ということを考えても、あまり良い状況とは言いがたいと思います。」
フランス、ナント市にあるSUBATECH研究所の所長であり、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 界面反応場化学研究グループのグループリーダーでもあるバーンド グランボー教授の談話:
「この報告書では、海洋へ放出された放射性物質の環境への影響とその将来の動向についての考察が良くまとめられています。放射性物質の分布と影響は、少しずつ明らかになってきていますが、まだ解明していないことも多く、引き続きの調査研究が必要です。セシウム137の海洋への放出に関しては、これからも年間数テラBq程度のレベルが続くと予想されます。森林や土壌に一時的に吸収されたセシウム137は、今もかなりゆっくりとしたペースで流れ出て来ていて、いくつかの地点では、それがまただんだんと蓄積していっています。
放射性物質が、土壌、植生、そして食物連鎖を経由して、どのように地上から海洋へ放出されていくのかは、まだ十分にわかっていません。これは今後も世界各国の科学者による研究が必要な課題だと言えるでしょう。」
問い合わせ先 :
Dr Ken Buesseler kbuesseler@whoi.edu
Professor Bernd Grambow Bernd.Grambow@subatech.in2p3.fr
Goldschmidt Press Officer(日本語対応可): press@goldschmidt.info
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