名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・大学院工学研究科の大井貴史教授、大松亨介特任准教授、安藤祐一郎(大学院生)、中島翼(大学院生)らは、カルボニル化合物にアミンを導入する新しい化学反応を開発することに成功しました。今回開発した反応を利用することで、キラルなアミノカルボニルと呼ばれる一連の化合物を、入手容易なカルボニル化合物とヒドロキシルアミンから1工程で合成できるようになります。キラルなアミノカルボニル化合物の分子の形は、アミノ酸やタンパク質などの生命活動に欠かせない化合物や多くの医薬品に共通しています。そのため、本反応は、医薬品合成の最短ルートを切り拓く方法として今後広く応用されていくことが見込まれます。
本研究成果は、学術出版社Cell Pressが創刊した「Chem(ケム)」に公開されました。
【研究の背景と内容】
炭素原子(C)、酸素原子(O)、窒素原子(N)がO=C-C-Nと表記される配列でつながった分子の形をもつ化合物をα-アミノカルボニル化合物(“α”はカルボニル化合物のどの位置にアミノ基がつながっているかを表す)と呼びます。このユニットをもつ化合物は自然界に数多く存在しており、例えば、私達の体の働きを維持するために不可欠なアミノ酸やタンパク質はアミノカルボニル化合物です。また、アミノカルボニルユニットは多くの医薬品にも共通する分子の形です。アミノカルボニル化合物は、私達の生命活動を支える最も重要な化合物と言っても過言ではありません。
アミノカルボニル化合物の性質(医薬としての効能を含む)は、炭素原子および窒素原子上の置換基(用語解説参照)によって大きく変化します。また、アミノカルボニル化合物の多くは、キラル(用語解説参照)と呼ばれる右手と左手のように互いに鏡映しの関係にある形をしており、右手型と左手型が生体内で異なる働きをします。そのため、必要な形をもつアミノカルボニル化合物を狙った通りにつくるための技術開発が、世界中で進められてきました。
カルボニル化合物とアミンを原料として、2つの化合物を狙い通りにつなぐことができれば、1工程でキラルなアミノカルボニル化合物が出来上がります。しかも、カルボニル化合物とアミンは、多くの種類が容易に入手できるため、様々な分子の形をもつアミノカルボニル化合物を簡単につくり出せるようになり、既存の医薬品の合成を短工程化するだけでなく、新しい医薬の発見を目指す創薬研究を加速する技術になります。しかし、アミノカルボニルが出来上がるようにカルボニル化合物とアミンをつなごうとすると、互いに反発し合う性質を示すため、両者を直接つなぐ反応は化学的に不可能です。
大井教授、大松特任准教授らのグループは、アミンの代わりに窒素原子上にヒドロキシル基(OH)をもつヒドロキシルアミンを用いることで、カルボニル化合物にアミンを直接導入する方法を開発しました。さらに、研究グループが独自に開発した触媒を利用することで、キラルなアミノカルボニル化合物の右手型と左手型のうち、必要な方を狙い通りにつくることに成功しました。
カルボニル化合物とアミンを直接つなぐことが不可能なのは、炭素原子と窒素原子上の電子が反発し合うためです。この問題は、アミンをヒドロキシルアミンに代えるだけでは解決できません。研究グループは、ヒドロキシルアミンにトリクロロアセトニトリルという化合物を反応させることで、窒素原子上の電子の密度が低下し、カルボニル化合物との反発が解消されると考えました。実際に、カルボニル化合物とヒドロキシルアミン、トリクロロアセトニトリルを適切な条件で混合することで、ヒドロキシルアミンのアミン部位が導入されたキラルなアミノカルボニル化合物が得られました。
今回開発した反応は、多くの種類のカルボニル化合物とヒドロキシルアミンを原料として利用できるという点で有用です。例えば、様々な生物活性物質の基本骨格であるオキシインドールに対して、様々な形をしたアミンを狙った通りに導入することができます。カルボニル化合物とヒドロキシルアミンの組み合わせを変えることで、原理的に無数のキラルなアミノカルボニル化合物をつくり出す技術であると言えます。
【まとめと今後の展望】
今回、大井教授らはカルボニル化合物にアミンを狙い通り導入する反応を実現しました。この反応は、前例のない化学反応という点で学術的に意義深いだけでなく、入手容易な原料から医薬資源となるキラルなアミノカルボニル化合物を1工程で供給する実用性の高い技術です。今後のさらなる改良によって汎用性を拡大することで、医薬品合成の最短ルートの確立や新薬候補化合物の迅速合成につながると期待されます。
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【掲載雑誌名、論文名、著者】
掲載雑誌:Chem(ケム)
論文名:A Modular Strategy for the Direct Catalytic Asymmetric α-Amination of Carbonyl Compounds(カルボニル化合物の直接的不斉α-アミノ化反応)
著者:Kohsuke Ohmatsu, Yuichiro Ando, Tsubasa Nakashima, Takashi Ooi(大松亨介、安藤祐一郎、中島翼、大井貴史)
DOI: 10.1016/j.chempr.2016.10.012 (http://dx.doi.org/10.1016/j.chempr.2016.10.012)
【用語説明】
置換基:1原子もしくは複数の原子がつながった分子の部分構造。母体となる分子の水素原子を置き換えたと考えるため「置換基」と呼ばれる。
キラル:右手と左手のように鏡に映さないと自らの鏡像と重ね合わすことのできない形をした化合物を“キラル”な化合物と呼ぶ。右手型と左手型の化合物は、生体内で異なる働きをする場合が多い。例えば、アミノ酸の一種であるグルタミン酸は左手型がうま味を与えるのに対して、右手型は苦味を与える。キラルな化合物のうち一方だけを選んでつくり出す反応が不斉合成であり、2001年ノーベル化学賞の対象になった化学技術である。
【本件お問い合わせ先】
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)
ホームページ: http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
<研究内容>
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)
大井 貴史
TEL: 052-789-4501
E-mail: tooi@apchem.nagoya-u.ac.jp
ホームページ: http://www.apchem.nagoya-u.ac.jp/06-II-3/ooiken/e-Home.html
<報道対応>
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WPI-ITbMについて (http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/)
文科省の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の一つとして採択された、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、従来から名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させることで研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ全く新しい生命機能の開発を目指しています。ITbMにおける研究は、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっています。このような「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な議題に取り組んでいます。
Journal
Chem