News Release

ヒトT細胞白血病ウイルス1型が炎症とがんを引き起こす新しいメカニズムを解明

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

Disruption of cytokine signals by HTLV-1 bZIP factor (HBZ)

image: In HBZ-expressing CD4-positive T cells, differentiation into T cells that resemble regulatory T lymphocytes is enhanced and production of the immunosuppressive cytokine, IL-10, is increased. Furthermore, HBZ modulates the IL-10 signal by the binding of HBZ to STAT1/3 protein, and is thought to promote cell proliferation. view more 

Credit: Associate Professor Jun-ichirou Yasunaga

熊本大学の研究グループは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)が、ウイルス遺伝子「HTLV-1 bZIP factor (HBZ)」の作用により、HTLV-1に感染した免疫細胞(T細胞)のサイトカインへの反応性を変えることで炎症と発がんを引き起こすメカニズムを明らにしました。HTLV-1が引き起こす悪性腫瘍(ATL)及びHTLV-1関連炎症性疾患の発症メカニズム解明に寄与し、新しい治療法、発症予防法の開発につながることが期待されます。

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は成人T細胞白血病(ATL)というリンパ球の悪性腫瘍や、HTLV-1関連脊髄症(HAM)と呼ばれる慢性の神経疾患の原因ウイルスです。このウイルスは、感染したリンパ球の数を体内で増やすことにより病気を引き起こします。感染者のほとんどは無症状のままですが、約2~5%の感染者で感染細胞が悪性化しATLを発症します。

熊本大学の研究グループは、HTLV-1が持つHTLV-1 bZIP factor (HBZ)という遺伝子に注目し、HBZが機能するように遺伝子操作したモデルマウス(HBZトランスジェニックマウス:HBZ-Tgマウス)を作成して解析してきました。このHBZ-Tgマウスでは、ヒトのHTLV-1感染者と同じ種類のリンパ球(CD4陽性CD25陽性Foxp3陽性T細胞)が増加し、炎症と悪性リンパ腫を発症することから、HBZがHTLV-1の病原性に重要な役割を果たしていると考えられます。

本研究グループは先行研究において、HBZ-Tgマウスは炎症とT細胞性リンパ腫を合併し、特に炎症が強いマウスではリンパ腫の合併率が高いことを見出していました。炎症性サイトカインIL-6は炎症を介して発がんを促進することが知られているため、HBZ-TgおよびATLにおいてもIL-6が発がんを促進している可能性を考えました。

そこで今回、IL-6を産生できないHBZ-Tgマウス(HBZ-Tg/IL-6ノックアウトマウス)を作成し解析を行ったところ、予想に反して炎症とリンパ腫の有意な増加を認め、IL-6はHBZの病原性に対しては抑制する作用を持っていることが判明しました。IL-6は多彩な機能を有するサイトカインであり、免疫を抑制する制御性T細胞(Treg)という細胞の分化を阻害することが知られています。本研究グループは以前、HBZ-TgマウスではHBZの作用によりTreg様の細胞が増加しており、炎症の誘導に関与することを報告していました。今回の結果は、HBZ-Tgマウスでは、IL-6の欠失が加わることでTregへの分化が更に促進され、疾病の発症も加速することを意味しています。

一方、HBZ-Tgマウスでは免疫抑制性サイトカインであるIL-10の産生が亢進しており、HBZ-Tgマウス由来のT細胞の増殖を促進することが判明しました。正常マウスのT細胞はIL-10刺激により増殖しないため、HBZがIL-10刺激を変調し、細胞増殖を促進すると考えられます。詳しい解析を行った結果、IL-10シグナルの下流で働く転写因子STAT1、STAT3とHBZが結合し、これらの転写活性を撹乱するというメカニズムを見出しました。これらの所見は、HBZがCD4陽性T細胞のIL-6とIL-10に対する反応性を撹乱することで炎症と発がんを惹起するという、これまでに知られていない病原性発現のメカニズムを示唆するものです。

研究を主導した松岡雅雄教授は次のようにコメントしています。 「本研究での解析結果は、HTLV-1が感染細胞の増殖を促進し、持続感染を維持する機構に迫るものであり、HTLV-1感染によりATLや炎症性疾患が引き起こされる分子機構の基盤解明につながると期待されます。また、IL-6やIL-6受容体は慢性関節リウマチなど自己免疫疾患の治療標的であり、これらの阻害剤が臨床で使用されています。HTLV-1感染者に対して使用される場合には注意深い観察が必要であると同時に、有効性、危険性に関する評価が必要であると考えられます。」

本研究成果は、学術雑誌誌「Proceedings of the National Academy of Science」に令和2年5月30日に掲載されました。

[Source] Higuchi, Y., Yasunaga, J., Mitagami, Y., Tsukamoto, H., Nakashima, K., Ohshima, K., & Matsuoka, M. (2020). HTLV-1 induces T cell malignancy and inflammation by viral antisense factor-mediated modulation of the cytokine signaling. Proceedings of the National Academy of Sciences, 201922884. doi:10.1073/pnas.1922884117

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