News Release

ほ乳類の体内時計を調節する薬の発見

マウスの時差ぼけ軽減にも有効

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Image of Drugs Acting on the Mammalian Circadian Clock

image: Studies show that approximately 5 percent of the existing drugs may have an effect on circadian rhythms. view more 

Credit: ITbM, Nagoya University

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の玉井 キャサリン博士研究員と吉村 崇教授らの研究グループは、基礎生物学研究所、京都府立医科大学、近畿大学医学部との共同研究で、既存の薬を使ったドラッグリポジショニング(drug repositioning: 既存薬再開発)のアプローチから、ヒトの細胞に存在する体内時計を早く動かしたり、ゆっくり動かしたりする薬を発見することに成功しました。また、その薬の一つをマウスのエサに混ぜて食べさせたところ、マウスの活動リズムを早回ししただけでなく、時差ぼけも軽減することを発見しました。  本研究成果は、欧州の科学誌「EMBOモレキュラー・メディシン (EMBO Molecular Medicine)」のオンライン版に2018年4月17日に公開されました。 

【研究の背景】

 私たちの身体の中には、概ね(おおむね)1日のリズム(概日リズム)を刻む体内時計(概(がい)日(じつ)時計(とけい))が備わっています。概日時計は睡眠・覚醒リズムの他、ホルモンの分泌や代謝活動の制御にも重要な役割を果たしています。しかし、交代制勤務(シフトワーク)や海外旅行に伴って生じる「時差ぼけ」によって体内時計が慢性的に狂うと、肥満などの生活習慣病や心臓疾患、さらにはがんなどのリスクが高まることが知られており、これらを克服する薬の開発が期待されています。

 しかし、薬の開発には膨大な時間とコストがかかり、新薬の開発は年々困難になってきています。現在、一つの新薬を開発するのに、13~15年かかり、2000~3000億円もの費用が必要とも言われています。さらに、薬の上市(市場への正式な発売)の確率も低下しており、新薬開発のコストは増加の一途をたどっています。そんな中、既存のある特定の疾患に有効な治療薬から、別の疾患に有効な新たな薬効を見つけ出す(つまり古くからある薬を生まれ変わらせる)「ドラッグリポジショニング(Drug repositioning、既存薬再開発)」の手法が注目を集めています。ドラッグリポジショニングの有名な例としては、高血圧治療薬として開発されたミノキシジルが育毛剤として再開発されたり、狭心症の治療薬として開発されたシルデナフィル(バイアグラ)が勃起不全治療薬として製品化されたりしています。

 本研究グループでは、アメリカ食品医薬局(Food and Drug Administration: FDA)や欧州、アジアで承認済みの薬や、臨床試験中の薬など合計1000個以上の薬を使って、概日リズムを調節する薬を探索することにしました。

【哺乳類の体内時計が刻まれる仕組み】

 2017年のノーベル生理学・医学賞が「概日リズムの分子機構の解明」に授与されたのは記憶に新しいところですが、私たちの概日時計は身体のほぼ全ての細胞に存在し、「時計遺伝子」とそれから作られる「時計タンパク質」によって制御されることがわかっています。具体的には、CLOCK、BMAL1と呼ばれる時計タンパク質の二量体(二つのタンパク質が結合したもの)が、時計遺伝子のPer (Period) とCry (Cryptochrome) の上流にあるE-boxと呼ばれるCACGTGというDNA配列に結合すると、Per、Cryの転写が促進されます。この転写の促進および翻訳により生じた時計タンパク質PERとCRYは二量体を形成し、細胞の核内に移行すると、それぞれの転写を抑制します(図1)。この時計タンパク質による「活性化」と「抑制」の転写翻訳フィードバックループ1)がおおよそ24時間で1周することで、様々な生理現象に概日リズムが生み出されます。

【体内時計を調節する薬の探索】

 研究グループは、時計遺伝子のBmal1が1日に一度、転写される様子をホタルの発光遺伝子(ルシフェラーゼ)の発光リズムとしてとらえることで、ヒトの細胞に存在する概日時計を調節する薬の探索を行いました。

 具体的には、384個の穴のあいたプレートに発光遺伝子を導入したヒトの骨肉腫由来の培養細胞(U2OS)を入れた後、それぞれの穴に薬を加えて、ロボットを使って発光リズムに影響をおよぼす薬を探索(ハイスループットスクリーニング)しました(図2)。その結果、約1000個の既存薬のうち、59個の薬が概日時計の周期を長く(46個)したり、短く(13個)したりすることを見出しました。これらの薬には、抗がん剤、抗菌剤、ホルモン剤、避妊薬、中枢神経系の薬、皮膚疾患の薬、消化器系の薬、ビタミン剤、心疾患系の薬など様々なものが含まれていました。この結果は、服用する量や期間によっては、私たちが使っている薬の約5%が細胞レベルで私たちの体内時計に影響を及ぼしうるということを示していました。

【マウスの時差ぼけを軽減する薬の発見】

 時差ぼけとは、明暗などの外界の24時間周期のリズムと身体の中のリズムの間にずれが生じて心身の不調をきたした状態のことを指します。一般的に日本からヨーロッパに行くときのように、西向きに旅行して概日時計を遅らせる際はそれほど苦痛を伴いませんが、逆に日本から米国へ行くときのように、東向きに旅行して概日時計を早回しする際には、時差ぼけの症状がつらいことが知られています。

 研究グループでは、体内時計の周期を短くする薬を使って、時計を早回しすることができれば、東向きの旅行の際に時差ぼけを軽減できるのではないかと考えました。そこで、概日時計の周期を短くする13個の薬の中から、米国で処方箋の必要がなく、サプリメントとして販売されているDHEA(Dehydroepiandrosterone、デヒドロエピアンドロステロン)に着目しました(図3)。DHEAは、私たちの身体の中の副腎や生殖腺で作られ、男性ホルモンのテストステロンや女性ホルモンのエストラジオールの前駆体として働き、ヒトの血液中で最も豊富に存在するステロイドホルモンです。血液中のDHEAは加齢とともに減少することが知られているため、米国では若返りの薬、あるいは代謝を促すサプリメントとして販売されています。研究グループは詳細に検討したところ、DHEAが用量依存的に概日時計の周期を短縮する(図3)とともに、ヒトの培養細胞だけでなく、マウスの培養細胞や培養組織などの概日時計も早回しすることを見出しました。

 そこで、先行研究において既にマウスで安全性が確認されている量のDHEAをエサに混ぜてマウスに食べさせたところ、マウスの回転輪活動のリズムが早回しされることがわかりました。さらに、マウスを飼育している部屋の明暗周期を、日本からアラスカへ旅行する際の時差に相当する6時間前進させてみました。すると普通のエサを食べているマウスは時差ぼけを解消するのに1週間の時間を要しましたが、DHEAをエサにまぜて与えたマウスでは、時差ぼけが2〜3日程度に大幅に軽減されることが明らかになりました(図4)。

 前述したように、概日時計は私たちの身体のほとんどすべての細胞に備わっていますが、個々の細胞にある時計がばらばらにふるまうと困ります。そこで、私たちの身体の中では、脳の視床下部に存在する視交叉上核(しこうさじょうかく)という神経核にある「親時計(中枢時計)」がオーケストラの指揮者のような役割を果たして、それ以外の部位にある「子時計(末梢時計)」を調節しています。今回の研究結果からは、DHEAが親時計に働いているというより、子時計に働いていることが推測されました。時差ぼけの際は、親時計、子時計の両方を修正する必要があります。現在、経口摂取によって親時計を調節する薬は見つかっていませんが、将来、親時計を修正する薬が開発されたら、DHEAのように子時計を調節する薬と一緒に服用することで、時差ぼけを容易に修正できるようになることが期待されます。

【体内時計を調節する新たな情報伝達系の発見】

 ドラッグリポジショニングのもう一つの利点として、既存薬の多くは既に薬の標的分子がわかっていることから、新しい仕組みの解明につながることがあげられます。ABL、BCRという遺伝子はフィラデルフィア染色体と呼ばれる染色体異常がおこって融合すると慢性骨髄性白血病を引き起こすことが知られていました。しかし、正常時にこれらの遺伝子がどのような働きをもっているかはよくわかっていませんでした。これらの遺伝子は遺伝子改変技術などを使って壊すと致死となってしまうため、ノックアウトマウス2)などを用いた従来の分子遺伝学的な研究アプローチでは機能を明らかにすることができなかったからです。今回の既存薬を使った「化学遺伝学(chemical genetics)」のアプローチによって、ABL、BCR遺伝子から作られるリン酸化酵素が体内時計の周期の調節に関与していることが明らかになりました。

【まとめと今後の展望】

 今回の研究で、DHEAをエサに混ぜてマウスに食べさせると時差ぼけを軽減できることが明らかになりました。ただし、動物に効果があってもヒトには効果を示さない薬はたくさんあるため、DHEAがヒトの時差ぼけを軽減できるか否かについて解明するのは今後の課題です。しかし、今回の研究からドラッグリポジショニングのアプローチが時差ぼけを解消する薬を探索するうえで有効な方法であることが示されたため、将来、既存の薬を使ってヒトの時差ぼけを軽減できるようになることが期待されます。

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【用語解説】

1) 転写翻訳フィードバックループ
時計遺伝子から作られる時計タンパク質が、自ら(時計遺伝子)の転写、翻訳を負に制御することで自律的な約24時間周期の遺伝子発現のリズムを生み出すしくみのこと。

2) ノックアウトマウス
遺伝子の働きを調べるために、遺伝子操作によって、遺伝子を欠損(無効に)させたマウスのこと。

【掲載雑誌、論文名、著者】


掲載雑誌: EMBO Molecular MedicineEMBOモレキュラーメディシン)
論文名: Identification of circadian clock modulators from existing drugs.    

(既存薬からの概日時計調節因子の同定)

著者: T. Katherine Tamai, Yusuke Nakane, Wataru Ota, Akane Kobayashi, Masateru Ishiguro, Naoya Kadofusa, Keisuke Ikegami, Kazuhiro Yagita, Yasufumi Shigeyoshi, Masaki Sudo, Taeko Nishiwaki-Ohkawa, Ayato Sato, & Takashi Yoshimura
(玉井 キャサリン、中根 右介、太田 航、小林 茜、石黒 将照、角房 直哉、池上 啓介、八木田 和弘、重吉 康史、須藤 正樹、大川(西脇)妙子、佐藤 綾人、吉村 崇)
DOI:10.15252/emmm.201708724

【本件お問い合わせ先】

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)
ホームページ: http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp

<研究内容>

吉村 崇
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授
TEL: 052-789-4056
E-mail: takashiy@agr.nagoya-u.ac.jp
ホームページ (研究室): https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~aphysiol/

<報道対応>

宮? 亜矢子
名古屋大学ITbMリサーチプロモーションディビジョン 広報担当
TEL: +81-52-789-4999 FAX: +81-52-789-3053
E-mail: press@itbm.nagoya-u.ac.jp

【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の一つとして採択されました。名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させ、新たな学問領域である植物ケミカルバイオロジー研究、化学時間生物学(ケミカルクロノバイオロジー)研究、化学駆動型ライブイメージング研究の3つのフラッグシップ研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっています。「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子の発見と開発を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な課題に取り組んでいます。


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