脳内のニューロンは他のニューロンに絡まって接し、お互いに連関して、運動、認知などの脳のはたらきをコントロールします。
ニューロンが活性化されると電気信号が発生しますが、電気信号はニューロン間の接点「シナプス」を越えることが出来ないので、ニューロン間の連絡は、化学信号物質「伝達物質」を小さな膜カプセルから放出することによって行われます。
電気信号は、このカプセル「小胞」をシナプス前側の膜に融合させる引き金としてはたらき、伝達物質がニューロン間のすきま「シナプス間隙」に放出されます。伝達物質はシナプス間隙を拡散し、シナプス後側の受容体と結合して、シナプス後ニューロンに電気信号を発生させます。
伝達物質信号は前シナプスニューロンから後シナプスニューロンへと一方向性に送られるため、伝達を持続させるためには、小胞を再生させて再利用することが必要です。「小胞リサイクリングはシナプスのはたらきを持続させるための必要不可欠な仕組みです」と、沖縄科学技術大学院大学(OIST)細胞分子シナプス機能ユニットを主宰する高橋智幸教授は説明します。この度Cell Reportsに掲載された研究で、高橋教授のグループは小胞リサイクリングの仕組みの一端を解明しました。
小胞リサイクリングは3段階のステップで行われます。まず小胞膜がニューロンの末端膜から切り離されて小胞が形成され、この過程はエンドサイトーシスと呼ばれます。次に、小胞内に伝達物質が充填されます。そして最後に小胞は放出部位に運ばれます。エンドサイトーシスの仕組みはよく解明されていますが、小胞再充填のプロセスには未知の点が多く残されています。高橋教授は元OIST研究員および同志社大の共同研究者と共に、少なくとも、典型的な抑制性シナプスでは、小胞再充填はエンドサイトーシスより時間がかかることを明らかにしました。
この実験結果は、小胞充填ステップが小胞のリサイクル、再利用の速度を決定することを示しています。「神経科学者達は、長年にわたって、エンドサイトーシスが小胞リサイクル再利用の速度を決定すると考えてきました」と、高橋教授は続けます。「しかし、今回の我々の実験結果は小胞再充填の速度もまた重要な律速要素であることを示しています。」
ニューロンはシナプス前末端から放出する伝達物質の種類によって、興奮性または抑制性の神経伝達を行います。興奮性伝達物質グルタミン酸は、後シナプスニューロンの電気的興奮性を高めて伝播性の電気信号「活動電位」を発生させます。これに対して、抑制性伝達物質のGABAとグリシンは、後シナプスニューロンの興奮性を抑えて活動電位の伝播をブロックします。
興奮性シナプスにおいて、リサイクリング小胞にグルタミン酸が充填される速度は、以前、高橋教授のグループによって測定されていますが、抑制性シナプスにおける小胞充填速度の測定はなされていませんでした。今回、高橋教授らは抑制性シナプスにおいて、2本のガラス管電極を使って、シナプス前ニューロンと後ニューロンから同時に細胞内記録を行いました。その結果、抑制性シナプスにおけるGABAの小胞充填速度は興奮性シナプスにおけるグルタミン酸の小胞充填速度の5-6倍遅いことが明らかになりました。
GABAの充填速度の測定はケージドGABA化合物の紫外線分解という特殊技術を使って行われました。ケージドGABAは構造内にGABAが組み込まれた化合物で、これをシナプス前末端に注入すると、そのままでは小胞内に取り込まれませんが、紫外線を照射すると、そのエネルギーで化合物からGABAが切り離されて、遊離します。研究者はケージドGABAをシナプス前細胞に注入し、これがシナプス前末端のGABAと置き換わる時期を見計らって紫外線照射を行い、一気にGABA濃度を上昇させて、GABAが小胞に取り込まれる時間経過を測定しました。
シナプス伝達が高頻度で持続すると、小胞が使い果たされて、シナプス応答が一時的に抑圧されますが、伝達が低頻度に変わると、シナプス応答が徐々に回復します。驚いたことに、抑制性シナプスにおける、シナプス応答の抑圧からの回復時間は、GABAの小胞充填速度と一致することが明らかになりました。つまりシナプス応答の回復時間の大半は伝達物質の小胞充填に費やされていることになります。一方、エンドサイトーシスによる 小胞再形成は、より短時間に行われます。伝達物質の充填に時間がかかる一因は、小胞は分子ポンプを使ってGABAを小胞外からくみ上げて小胞内の濃度を10-100倍に濃縮するためです。
これらの実験結果から、研究者たちは、小胞がGABAを取り込む速度が抑制性シナプスにおけるリサイクリング速度を決定すると結論しました。
脳内の抑制性ニューロンは、GABAまたはグリシンを伝達物質として使っていますが、これらはいずれも同じ分子ポンプを使って小胞内に取り込まれることから、今回の研究で明らかになった原理は、脳内抑制性シナプスの作動原理に広く関わり、多くの重要な脳機能の維持に必要不可欠な役割を果しているものと考えられます。
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Journal
Cell Reports