News Release

キャップ付きの分子の容器を開発

〜イオンの出入りを自在にコントロール〜

Peer-Reviewed Publication

Kanazawa University

Figure 1

image: (a) Structure of a crown ether (18-crown-6), which can capture a metal ion in the cavity. (b) A bottle with a cork. We cannot put in and take out an object inside the bottle when tightly closed, but we can do so when a loose stopper is used. (c) Metallohost with caps. (i) The host can capture a guest cation in the central crown-ether-like cavity, and (ii) the caps (anions) can be introduced above and below the cavity. view more 

Credit: Kanazawa University

【研究の背景と経緯】

 クラウンエーテルは1962年にペダーセン(米国)により合成された最初の人工環状ホスト分子(※1)であり,複数の酸素原子に囲まれた内部空間でさまざまな金属イオンを捕まえることができます(図1a)。また,1987年のノーベル化学賞の対象となった重要な化合物群でもあります。これまで,数々の研究者によって,クラウンエーテルの類似化合物やさまざまな環状ホスト分子が多数合成されてきました。ホスト分子は,その内部にゲストを取り込むことができるため,ミニチュアサイズの人工の容器に例えることができます。一般的なホスト分子の場合,イオンを取り込むのに要する時間は1/1000秒以内であり,人間の目で見ると一瞬です。イオンは常に自由に出入りできる状態であるため,そうした意味では,従来の多くのホスト分子はキャップのない分子サイズの容器と見なすことができます。

 一方で,私たちが日常生活で用いる容器の場合,キャップやフタを開閉することで,内容物を出し入れできるようにしたり,できないようにしたりすることができます(図1b)。この機能は当たり前のように思われますが,分子サイズの容器でこれを実現するのは今まで困難だと考えられてきました。このような分子の容器に関する研究を,より実用的に,分子の保存や運搬,放出を目的とした精巧・高機能な分子機械などへと応用するためには,キャップの開閉により内容物の出入りをコントロールする技術の開発は不可欠です。すなわち,人間の目で見て意味のある「時間スケール(数秒~数分~数時間)」で,イオンの出入りを止めたり促したりできるような機構の創出が望まれます。

本研究では,クラウンエーテルと似た構造にキャップを取り付けた環状ホスト分子を新たに考案しました。この分子を用いて,キャップを交換することでイオンの出入りの「速さ」を自在にコントロールできる新しいホスト・ゲストシステムの開発に取り組みました。

【研究成果の概要】  

研究グループは,本研究において以下の成果を得ました。

1.キャップ付きの環状ホスト分子の開発

キャップを取り付けるための部位としてメチルアミン(CH3NH2)を上下4箇所に導入した新しいクラウンエーテル型環状ホスト分子を合成しました(図1c)。  この環状ホスト分子はさまざまな金属イオン(Na+, K+, Rb+, Cs+, Ca2+, La3+)を取り込み,またその際に,穴の上下でキャップするような位置にトリフラート(CF3SO3–)が導入されます。このトリフラートは,環状ホスト分子に導入したメチルアミンとの間の水素結合(※2)により結合していることが結晶構造解析によって明らかになりました。

2.キャップによりイオンの出入りを抑制することに成功  

クラウンエーテルなどの一般的な環状ホスト分子がイオンを捕まえる過程は非常に速く,1/1000秒以内に完了するものがほとんどですが,本研究で開発した環状ホスト分子の場合,キャップを導入したことで,イオンの取り込みが非常に遅くなることが分かりました。特に,ランタンイオン(La3+)の取り込みは非常に遅く,完全に取り込むまでに120時間を要します。これは,トリフラートのキャップが穴の入り口をふさいでおり,イオンが穴に入る際の障害になるためだと考えられます。この取り込みの「速さ」は,キャップの種類に応じて大きく変化します。キャップが酢酸イオン(CH3CO2–)の場合,ランタンイオンの取り込みは5分以内に完了し,その速さはトリフラートの場合と比べて,少なくとも100倍速くなると見積もられました(図2)。  このように,本研究で開発した環状ホスト分子がイオンを捕まえるのに要する時間は,キャップの種類によって大きく異なります。また,このトリフラートのキャップは,環状ホスト分子に導入したメチルアミンとの水素結合によって弱く結合しているため,別のキャップ(陰イオン)へと簡単に交換することもできます。

3.望み通りのタイミングでイオンの出入りを開始させることに成功  

2種類のイオンが存在している状態において,キャップを取り換えることで望み通りのタイミングでイオンの出入りを開始させることを可能にしました。  今回交換に用いたイオンは,速やかに取り込まれるカリウムイオン(K+)とゆっくり取り込まれるランタンイオンです。トリフラートをキャップとして用いた場合,この2種類のイオンを同時にホスト分子に加えると,カリウムイオンのみが取り込まれました(図3:状態A)。別の測定から,本来はこのカリウムイオン包接体(準安定状態)よりもランタンイオン包接体の方が安定であることが分かっていますが,より安定なランタンイオン包接体(図3:状態B)への変化は起こりません。実際,2週間経過後でも,ランタンイオン包接体はほとんど生成しませんでした。これは,環状ホスト分子に導入されたトリフラートのキャップがイオンの出入りを事実上完全に抑制していることを示しています。一方,キャップを酢酸イオンに取り替えて同じ実験を行うと,イオンの交換は速やかに進行し,その交換速度はトリフラートのときの約75倍になりました(図3:状態C)。さらに,状態Aにしてから120時間経過後に酢酸イオンを加えると,その時点から急速にイオンの交換が進行しました。すなわち,キャップによりイオンの出入りを遅くすることで準安定状態を作り出すことができ,この準安定状態を出発点として,キャップの交換により,望み通りのタイミングでイオンの出入りを開始させることに成功しました。

これまで,ホスト分子におけるイオンの出入りのコントロールについて多くの研究が報告されてきましたが,いずれもホスト分子がイオンを捕まえる「強さ」を外部刺激によって変化させる方法に頼っていました。本研究では,イオンを捕まえる「強さ」を変えることなく,イオンの取り込みの「速さ」の違いを利用して自在なコントロールを可能にしました。準安定状態からのイオンの出入りの調節は,細胞の膜内外のイオン濃度がイオンチャネル(※3)によって制御されるメカニズムでも見られるように,生物が生命活動を維持するための重要な働きの一つです。本研究で開発した環状ホスト分子は,この複雑な働きに類する機能を単一分子で実現しました。

【今後の展望】

 本研究では,ホスト・ゲスト化学の「時間スケール」の自在なコントロールを通じて「時間」と「機能」をリンクさせる新手法を開発しました。本手法により,時間軸に沿ってイオンの捕まえ方が刻々と変化するホスト分子を作り出すことができます。本研究成果は,分子機能の精巧な時間制御のための重要な指針となり,必要な場所,必要なタイミングで薬剤や機能性分子を働かせ,分子機械(※4)を駆動するための重要な基盤技術として発展することが期待されます。

【用語解説】

※1 ホスト分子  

「鍵と鍵穴」の関係に例えられるように,酵素は特定の基質(分子)のみを捕まえ特定の反応を起こす。酵素のように,サイズや形に応じて特定の分子やイオンを選択的に認識できる空間を提供できる分子をホスト,そこに取り込まれる分子やイオンをゲストと呼ぶ。また,分子・イオンを捕まえるホスト分子とさまざまなゲストとの相互作用を研究対象とする分野をホスト・ゲスト化学(分子認識化学)と呼ぶ。天然のホスト分子の代表例としてシクロデキストリン,人工的に合成されたホスト分子の代表例としてクラウンエーテル,カリックスアレーン,ピラーアレーンなどが挙げられる。

※2 水素結合  

OHやNHなど電気陰性度の高い原子に結合した水素原子が,近傍に位置する電気陰性度の高い別の原子(窒素,酸素,フッ素など)の孤立電子対との間につくる非共有結性の引力的な相互作用。水素結合の強さは5~40 キロジュール毎モル(kJ/mol)であり,ファンデルワールス力(1 kJ/mol程度)よりは強いが,共有結合(500 kJ/mol程度)より弱く,室温で可逆的な結合・解離が可能である。そのため,本研究においてホスト分子と水素結合で結合したキャップは,他のキャップと容易に取り替えることができた。

※3 イオンチャネル

 細胞の生体膜にある膜貫通タンパク質の一種で,「受動的」にイオンを透過させる経路(チャネル)を提供するタンパク質の総称。イオンはタンパク質の細孔を通って流れるが,多くのチャネルは開閉可能なゲートと呼ばれる構造を持ち,ゲートが開いているときのみイオンを透過させる。イオンチャネルはイオンを濃度の高い方から低い方へと透過させる。アデノシン三リン酸(ATP)などのエネルギーを使って,濃度勾配に逆らって「能動的」に輸送するタンパク質であるイオンポンプと対比して用いられる。

※4 分子機械  

分子マシンとも呼ばれ,ナノスケール(10億分の1メートル)で制御された,機械的動きを起こす分子あるいは分子複合体。光,熱,酸・塩基,酸化還元などの外部刺激によって分子の構造が変化する。代表的なものに,ロタキサンやカテナンといった噛み合った構造の分子を使った分子モーターや分子シャトルなどが挙げられる。2016年に「分子マシンの設計と合成」の先駆的な研究を行ったジャン=ピエール・ソバージュ,フレーザー・ストッダート,ベルナルド・フェリンガの三氏にノーベル化学賞が授与された。

###


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.