沖縄科学技術大学院大学(OIST)の行動の脳機構ユニットの研究員らが、新線条体とよばれる脳構造内部の連結性を調べていたところ、ある驚くべきことに気が付きました。新線条体内では異なる細胞群の間で信号のやり取りがおこなわれている形跡がなく、これまで推測されてきた以上に機能上の相互依存性が希薄であるということがわかりました。本研究成果は米科学誌 Brain Structure and Function に発表されました。
新線条体は、脳のさらに大きな領域を構成する要素の一つで、この領域は随意運動の計画や実行を司ります。さらに新線条体は、ストリオソームまたはパッチと呼ばれる領域とマトリックスという領域の2つに分けられ、そこには、それぞれ異なる種類のニューロン(神経細胞)が存在します。しかし、これら異種細胞群は、実は3次元で複雑に入り交じっています。今回の研究で明らかになったのは、構造的な繋がりはもちつつも、異種細胞群の間で信号のやり取りがいっさいおこなわれていないというもので、この発見は、パーキンソン病など神経系の障害を引き起こす病気の研究にとって大きな意味をもちます。
パーキンソン患者は、脳内の神経伝達物質として運動機能の制御および強化に関わるドーパミンの量が減少します。パーキンソン病は、立ち上がることや、歩き始めるといった日常的な動作に大きな支障をきたします。しかし、一方で、患者は緊急事の際に、突然体を動かせるようになったり、階段歩行しやすくなります。これらは、いまだ神経科学の謎とされています。
今回の成果を発表したOISTの研究チームは、モデルマウスを使ってパーキンソン病の研究をおこなっています。同チームは、まず、新線条体から他の部位へと伸びるニューロンを、光感受性細胞(光に反応する細胞)を作りだすウイルスに感染させました。その後、脳切片に光刺激を与えれば、ウイルスに感染した新線条体内の神経細胞の結合部位がすべて電気的に興奮し、そこにある全細胞が点滅するだろうと考えていました。しかし、驚いたことに、ウイルスで感染させた領域のある一部分においては、このような反応が全く見られませんでした。
同研究ユニットを率いるゴードン・アーバスノット教授は、その鋭い洞察力により、実験画像中に暗く写っている分布が、数年前に同教授の力添えにより特定されたストリオソームとよばれる領域と同一であることに気付きました。つまり、ストリオソームだけがウイルスの感染範囲から外れていたのです。この思いがけない発見を受け、研究者らはストリオソームと、新線条体を構成するもう一方の領域であるマトリックスに、それぞれ別々に刺激を与えてみたところ、この2つの領域の間では活性結合(活性化が同時に起こる)は見られませんでした。
行動との関係を調査するためのマウスを使った実験では、OIST研究員らは、まずお腹を空かせたマウスに前足を使って餌をとるように訓練しました。次に、ウイルスを使って、これまでに前足の機能と関係していることが分かっているマトリックス細胞群を不活性化させました。
その結果、ストリオソーム細胞群のみが正常に機能する状態では、マウスはうまく餌を掴むことができませんでしたが、しきりに前足を伸ばして餌をとる動作を止めませんでした。正常なマウスであれば、失敗を繰り返し、とうに餌の獲得を諦めていたはずです。
今回の研究の総合的な結果として、ストリオソームとマトリックスは互いに独立しているとするこれまでの構造上の推論は正しかったとしつつも、アーバスノット教授にとってはいまひとつ納得できない点があるようです。
「ごく簡単に説明するとすれば、一方はこれまでの経験を基に価値判断をおこなう部分で、もう一方は運動を制御している部分です。しかし、この2つの領域が互いに連絡を取り合うことなく、片方だけが単独で計算をおこなうなんてことがあるのでしょうか。私にとってはこの点がどうも引っかかるのです。」と同教授は言います。
本研究成果は、新線条体に関する今後の研究に新たな道を切り拓くことになると期待されています。過去10年間にわたっておこなわれてきた研究のほとんどは、主に2つの領域の特殊な構造の違いを明らかにしようとするものでした。しかし、今回のOIST研究ユニットがもたらした知見が、今後はこの2つの領域をさらに分けて考えるのではなく、関連性を見出すことに目を向ける研究のきっかけとなるかもしれません。
Journal
Brain Structure and Function