テングザルは、名前の由来にもなっている天狗のように長く大きな鼻が特徴的なサルで、東南アジアのボルネオ島の沿岸部、川沿いに広がる密林にのみ生息し、絶滅危惧種に指定されています。テングザルがなぜこのような奇妙な形態進化をとげたのかは大きな謎でした。
香田啓貴 霊長類研究所助教、松田一希 中部大学准教授らの研究グループは、野外観察によるテングザルの生態や形態データを10年以上にわたり蓄積してきました。また、野外観察に基づく経験から、テングザルの雄の鳴き声と鼻の形態にも着目して研究を続けたところ、野生テングザルの雄の鼻のサイズと体重、睾丸容量に正の相関関係が発見されました。また、野生のテングザルはハーレム型の群れ(1頭の雄、複数頭の雌とその子どもたちからなる)で暮らしており、ハーレム内の雌の数は、大きな鼻を持っている雄ほど多いことも明らかになりました。さらに、テングザルの雄が鼻を使って、雌を魅了するようなより低い鳴き声を発していることを示しました。つまりテングザルの雄の声の低さは、雄の肉体的な強さと(体格の大きさ)、高い繁殖能力の証であり(大きな睾丸)、雌を魅了するための大きな武器になっているようです。
うっそうと茂る熱帯林では、雌は視覚だけに頼って優れた雄を見極めるのは難しく、鼻の大きさや体格という見た目だけに頼らない音声という聴覚的シグナルも、雌が雄を選択するための重要な要素になっています。また、鼻の大きさや音声というわかりやすいシグナルで、雄は互いの強さを間接的に認知することで、雄同士の雌をめぐる無駄な争いを回避していると考えられます。本研究は、霊長類の雄に特徴的な「男らしさ」の進化過程において、形態やコミュニケーション、社会生態学的な要素が相互作用し鼻の肥大化を加速させた進化のシナリオを世界で初めて評価しました。
テングザルの鼻を見れば、誰しもあの奇妙な鼻はどんな訳に立つのだろうと思うはずです。その素朴な疑問に向けて、たくさんの研究者の協力がなければ得られなかった、チームとなって初めて達成できた成果です。今後は、本当にテングザルがどのように大きな鼻を見ているのかなどについて、より詳しく調べていく予定です。
本研究成果は、2018年2月22日午前4時に米国の科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。
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Science Advances