【研究の背景】
我々の生存を維持し,生活水準を向上するために必要不可欠な物質である医薬・農薬や機能性材料の多くは,有機分子から成り立っています。これら有機分子を環境に負荷をかけずに大量かつ迅速に社会に供給できる手法が「触媒を用いる有機合成」です。この分野において,2001年に野依良治教授が「触媒による不斉合成」,2010年に鈴木章教授と根岸英一教授が「パラジウム触媒を用いるクロスカップリング反応」でノーベル化学賞を受賞していることから,その重要性は社会に広く認知されています。
最近では,金属元素を含まず,有機化合物で構成される有機分子触媒が,次世代を担う触媒として注目を浴び,世界中で研究されています。一方,これら一つの触媒を用いるだけでは全く歯が立たない有機合成も存在します。そこで,複数の触媒を協働的に用いることでこのような有機合成を実現する取り組みが近年検討され始め,当該分野の新しいカテゴリーになりつつあります。つまり,生体内で複数の触媒(酵素)が働くことで,機能を持つ複雑な有機分子を一挙に創り出すように,実験室のフラスコ内でも同様に複数の触媒が働くことで分子を組み上げていきます。しかし,触媒同士が反応することで,互いの機能を打ち消し合うという問題があるため,このような触媒システムを構築するのは,困難な課題といわれています。
【研究成果の概要】
今回,医薬保健研究域薬学系の大宮寛久教授,安田茂雄助教,医薬保健学域の石井卓也(創薬科学類4年生),竹本俊佑(創薬科学類4年生),春木大輝(薬学類5年生)の研究グループは,パラジウム触媒と有機分子触媒が一つのフラスコ内で協働的に作用することで,アルデヒドとベンジル,あるいはアルデヒドとアリル炭酸エステルの反応が進行し,ケトンを合成できることを見いだしました(図1)。図2に示すような,有機分子触媒として含窒素複素環カルベン,金属触媒として有機リン化合物によって性能が強化されたパラジウムを用いることが重要であることが,徹底的な条件検討によって分かりました。また,どちらか一方の触媒が欠けてしまうと反応は全く進行しないことを実験的に証明し,2つの触媒の存在が反応の進行に必要不可欠であることが明らかになりました。
従来の手法によってアルデヒドからケトンを合成するには,多段階かつ煩雑なプロセス,あるいは環境への負荷が大きい金属試薬などを必要としました(図3)。一方,本手法では,アルデヒドから単純かつ温和な条件下で,複雑な化学構造を持つケトン化合物の合成が可能です(図4)。2つの触媒を用いるシステムにおいて,化学反応において求電子剤(※6)として作用することで知られるアルデヒドが,求核剤(※7)のように働いたことが鍵となっています。本手法の出現により,医薬品や医薬品候補化合物などに多く見られる重要な基本構造であるケトンをアルデヒドから迅速かつ簡便に合成できるようになりました。
【今後の展開】
遷移金属触媒と有機分子触媒は一つのフラスコ内でそれぞれの独立した機能を発揮しながら協働的に作用することが従来難しいとされてきました。これを実現した点は学術的に意義深く,「触媒を用いる有機合成」における新たな設計指針を打ち立てたといえます。また,組み合わせる触媒の機能を改変していくことで,これまで困難とされてきた多様な合成反応の開発へと展開でき,医薬品や医薬品候補化合物を単純かつ迅速にそして無駄なく合成するための技術の構築につながると期待されます。 本研究は,文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)平成29~33年度 「分子合成オンデマンドを実現するハイブリッド触媒系の創製」(JP17H06449),日本学術振興会科学研究費助成事業(JP15H03803)の支援を受けて実施されました。
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Journal
Angewandte Chemie International Edition