News Release

シリコンアノード構造がリチウムイオン電池の新たな可能性を生む

新たなナノ構造体の発見により、電池などの技術に革

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

ナノ粒子とシリコンアノードの制作

image: 第1チャンバーでは、タンタル金属から作られたナノ粒子が生成されている。このチャンバー内では、個々のタンタル原子が雨粒を形成するようにまとまる。第2チャンバー2では、ナノ粒子を大量にろ過し、大きすぎたり小さすぎたりするものを取り除く。第3チャンバーでは、ナノ粒子の層が堆積される。次に、この層に孤立したシリコン原子を「吹き付け」、シリコン層を形成する。このプロセスを繰り返すことで、多層構造体が形成される。 view more 

Credit: パベル・プーチェンコフ (OIST科学計算及びデータ解析セクション)

  • リチウムイオン電池の負極(アノード)を改善するナノ構造体を特定。
  • アノードにグラファイトを利用する代わりに、より多くの電荷を蓄えることができるが割れやすいシリコンに注目。
  • 金属ナノ粒子の上にシリコン原子を堆積させてシリコンアノードを作製した結果、ナノ構造がアーチを形成し、負極の強度と構造的完全性を向上させることに成功。
  • シリコンアノードを改良したリチウムイオン電池の充電容量と寿命が向上していることを電気化学試験で確認。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、この度、リチウムイオン電池のアノードを改善する構成要素を特定しました。Communications Materials誌に、ナノ粒子技術を使用したこの構造の珍しい特性が紹介されました。

リチウムイオン電池は、電力が強く、持ち運びや充電が可能であるため、スマートフォンやノートパソコン、電気自動車など、現代社会に欠かすことのできないテクノロジーとなっています。昨年、OISTに新しく理事として加わった吉野彰博士は、リチウムイオン電池の開発に携わった功績により2019年にノーベル賞を共同受賞されました。脱炭素の動きに伴い、将来的に電力の貯蔵方法や消費方法に革命を起こす可能性を秘めたリチウムイオン電池が注目されています。

従来、リチウムイオン電池のアノードにはグラファイトが使用されていましたが、この炭素材には大きな欠点があります。

「電池を充電しているとき、リチウムイオンは、電池の片方にあるカソードから電解質溶液を通って、反対側にあるアノードへと移動します。その後、電池を使用している間、リチウムイオンはカソードに戻り、電流が放出されます。しかし、グラファイトのアノードでは、1つのリチウムイオンを蓄えるのに6つの炭素原子を必要とするため、電池のエネルギー密度が低くなってしまいます」と、OISTの元研究員でこの研究の筆頭著者でもあるマルタ・アロ博士は説明しています。

現在、科学の分野と産業界では、電気自動車や航空機などの動力源としてリチウムイオン電池の利用が検討されており、エネルギー密度の向上が重要な課題となっています。研究者は現在、より多くのリチウムイオンを蓄積できる新しいアノードの材料を検討しています。

その最有力候補の一つがシリコンで、シリコン原子1個ごとに4つのリチウムイオンを結合させることができます。

「シリコンアノードは、体積に対する蓄電容量がグラファイトアノードの10倍で、エネルギー密度ではグラファイトアノードを桁違いに上回ります。問題は、リチウムイオンがアノードに移動すると、体積が最大で約4倍に膨張し、電極が破損してしまうことです」とアロ博士は説明します。

また、体積の変化が大きいため、電解液とアノードの間にある保護層の形が変化します。そのため、電池が充電されるたびに、この層は絶えず変形を強いられ、限られた量のリチウムイオンを使い果たしてしまうため、電池の寿命と再充電能力が低下してしまいます。

「私たちの目標は、これらの圧力に対する耐性を持ち、できるだけ多くのリチウムを吸収し、劣化する前に可能な限り多くの充電サイクルを確保することができる、より丈夫なアノードを作ることでした。そこで私たちが取った手法は、ナノ粒子を使った構造体を構築することでした」と論文の責任著者であるグラマティコプロス博士は語っています。

2017年に、今は解散しているOISTナノ粒子技術研究ユニットが、シリコンの層をタンタル金属ナノ粒子で挟むように交互に堆積させたケーキのような層状構造を開発し、その研究論文がAdvanced Science誌に掲載されました。これにより、シリコンアノードの構造的完全性が向上し、過剰膨張を防ぐことができました。

シリコン層の厚さを変えることによって材料の弾性にどのような影響を与えるかを実験しているうちに、研究チームは奇妙なことに気付がつきました。

「シリコン層がある厚さに達すると、構造体の弾性が完全に変化したのです。物質は徐々に剛性を増していきましたが、シリコン層の厚さがさらに増すと、剛性が急激に低下してしまいました。 その理由として、いくつかの予想は立っていましたが、当時はなぜこのような変化が起こるのか、その根本的な理由がわかりませんでした」と、この実験を行ったOIST博士課程学生であるテオドロス・ブルミスさんは述べています。

本研究によって、ある臨界厚さで剛性が急増する理由がようやく説明されました。

顕微鏡技術の使用と原子レベルでのコンピューターシミュレーションを行うことにより、シリコン原子がナノ粒子の層に堆積する際に、均一な膜が形成されないことが明らかになりました。実際には、シリコン原子は倒立円錐形の柱を形成し、堆積するにつれて、柱の幅が徐々に増していきました。最終的には、シリコンの柱同士が互いに接触してアーチ状構造を形成しました。

「土木工学でもそうですが、アーチ構造は高い強度を持ちます。この概念は、ナノスケールでも同じです」とグラマティコプロス博士は説明します。

重要なことは、構造体の強度が増すと、電池の性能も向上したことです。チームが電気化学試験を実施したところ、リチウムイオン電池は充電容量が増加していた上、保護層の安定性も向上しており、より多くの充電サイクルに耐えられることがわかったのです。

このような利点は、柱同士が接触するちょうどその時点でしか得られません。この前の段階では、個々の柱はグラグラしているため、アノードに構造的な完全性をもたらしません。また、柱同士が接触した後もシリコンが堆積し続けると、多くの空隙を持つ多孔質膜が形成され、強度が低く、スポンジのような状態になってしまいます。

このようにして、アーチ型構造とそれによって得られる珍しい特性が明らかになったことは、シリコンアノードを使用したリチウムイオン電池の商業化に向けた重要な一歩となるだけでなく、材料科学の分野でも多くの応用がなされる可能性を秘めています。

グラマティコプロス博士は最後に、ナノ構造体の魅力についてこう語ります。「アーチ型構造は、生体親和性インプラントや水素貯蔵など、強くて様々なストレスに耐えられる材料を必要とする場合に使用することができます。強度が高いものか柔らかいものか、柔軟性が高いものか低いものかなど、必要とする材料のタイプを、層の厚さを変えるだけで正確に作ることができます。それがナノ構造体の魅力です。」

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