News Release

新しい熱活性化遅延蛍光材料の開発に初めて成功!

Clue to the development of light-weighted, flexible, high-contrast lighting

Peer-Reviewed Publication

Osaka University

Figure 1 Thermally Activated Delayed Fluorescence Process in OLED Devices

image: This image shows the thermally activated delayed fluorescence process in OLED devices. view more 

Credit: Osaka University

本研究成果のポイント

  • 独自に開発した骨格転位反応※1 と呼ばれる化学反応を活用することで、緑~赤色発光を示す新しい熱活性化遅延蛍光(TADF)※2 材料の開発に成功
  • 分子を構成する電子アクセプター※3 の励起三重項状態(3LEA)※4 と励起一重項電荷移動状態(1CT)※5 の(逆)項間交差※6 を経る熱活性化遅延蛍光を世界で初めて観測
  • ホスト材料とのエキシプレックス形成※7 により、高効率な近赤外発光有機ELデバイスの作製に成功

概要

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻の武田洋平准教授、岡崎真人氏(大学院生)、南方聖司教授と英国ダラム大学物理学科のPrzemyslaw Data(プシュミシュワフ データ)博士およびAndrew P. Monkman(アンドリュー P. モンクマン)教授らの国際共同研究チームは、緑~赤色発光を示す新規な熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence:TADF)材料の開発に成功しました。また、開発した材料の詳細な光学的特性の調査から、励起一重項電荷移動状態(1CT)とアクセプター骨格に由来する励起三重項状態(3LEA)との項間交差(Intersystem Crossing:ISC)によりTADFが発現していることを世界で初めて確認しました。さらに、開発したTADF材料を発光層に用いて作製した有機ELデバイスの最高外部量子効率(External Quantum Efficiency: EQE)※8 は、従来の蛍光材料を用いた場合の限界値である5%をはるかに凌駕する16%を達成しました。

これにより、現在世界中で開発の進められている短波長側領域(深青~黄色)で発光を示すTADF材料との併用により、屋内・外照明用の白色TADF発光デバイスの開発研究が躍進することが期待されます。

本研究成果は、平成28年4月6日(ドイツ時間)に国際的に著名な学術出版社であるWiley-VCH Verlag GmbH社のドイツ化学会誌(Angewandte Chemie International Edition)にオンライン版としてジャーナルHPに公開されました。

研究の背景

軽量性・柔軟性・高コントラスト比を兼ね備えた次世代のディスプレイや照明として有機ELが注目を集めています。有機EL素子において、活性層を電流励起した場合、原理的に一重項:三重項 =1:3の割合で励起子を生じます(図1) 。従来の蛍光色素材料を発光層として用いた有機ELデバイスは、発光が励起一重項からのみ起こるため、最高25%の電気エネルギーしか光エネルギーとして取り出せません。したがって、高効率な外部量子効率を示す有機ELデバイスの実現には、励起三重項の有効活用が必須であると考えられます。

このような観点から、これまでに重原子効果※9 を活用したリン光材料※10 (最高内部量子効率※11 100%)や三重項ー三重項消滅(Triplet-Triplet Annihilation: TTA)※12 過程を活用したフォトン・アップコンバージョン法※13 に基づく有機ELが開発されてきました。しかし、現時点ではリン光材料は主にイリジウムや白金などの資源的に希少な金属元素を含む錯体から構成されること、またTTAを活用する方法では内部量子効率の最高理論値が100%には及ばない(62.5%)ことなどから、より画期的な解決策が望まれていました。

2012年に安達千波矢教授(九州大学先端有機光エレクトロニクス研究センター)は、励起一重項状態(S1)と励起三重項状態(T1)のエネルギー差(ΔEST)が極めて小さい分子を設計することで、一重項からの蛍光に加えて、三重項に補足されたエネルギーを熱活性化遅延蛍光(TADF)として取り出し、従来の蛍光材料を用いた有機ELデバイスの理論限界値である5%をはるかに凌ぐEQEを達成できることを明らかにしています。

それ以降、TADF材料の開発は安達教授らのチームを中心として世界各国で研究が盛んに進められていますが、依然、新たな分子設計指針の確立・TADF発現過程の詳細な機構解明・低エネルギー(橙・赤・近赤外)領域の発光を示すTADF材料の開発、などの課題が残っていました。

本研究内容

同チームは、武田准教授・南方教授らが2014年に開発したビナフタレンジアミン類※14 の骨格転位反応を活用することで初めて構築可能となった“ジベンゾフェナジン”と呼ばれる分子骨格を電子アクセプター部位に、“芳香族アミン類”※15 を電子ドナー部位とする炭素・水素・窒素・酸素元素のみから成るドナー・アクセプター・ドナー(D-A-D)構造の分子を設計・合成しました(図2a) 。導入するドナー部位の種類によって、発光色は大きく変化し、緑~赤色のTADFを発することを明らかにしました。

また、詳細な吸収・発光スペクトル解析から、今回開発したTADF分子が励起状態において極めて強い分子内電荷移動状態にあることや、TADFが励起一重項電荷移動状態(1CT)とアクセプター骨格に由来する励起三重項状態(3LEA)の間の(逆)項間交差により生じていること(図2b) を示唆する結果を得ました。これまで、1CTと3LEA間での項間交差(SOCT-ISC)※16 によるTADF発光機構は報告されておらず、同チームが今回世界で初めてこの機構に基づいたTADFを確認したことになります。

さらに、開発したTADF材料を用いて作製した有機EL素子は緑~赤色発光を示し(図2c) 、外部量子効率(EQE)はいずれの場合においても従来の蛍光発光材料を用いた有機ELデバイスの理論限界値である5%を凌駕する値を示し、最高EQEは16%を達成しました。

また、発光材料を分散させるホスト材料を変えることで、エキシプレックス形成による発光の長波長化が可能となり、特にPOZ-DBPHZ(図2a) を発光材料に用いた場合、近赤外領域(740nm)の発光を示し(図2c 、紫色のスペクトル)、これまでに報告されている近赤外発光を示す有機ELデバイスの中では比較的高いEQE(~5%)を示すことがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまでに報告例のなかった、アクセプター励起三重項(3LEA)と励起一重項電荷移動状態(1CT)間での(逆)項間交差に基づいた長波長領域での高効率TADFを示す材料の開発に成功したことにより、今後新たにTADF材料を開発するうえで、ドナーまたはアクセプターユニット単独の三重項エネルギーやドナーとアクセプターの空間的な直交性を考慮した、より柔軟な分子設計が可能になると期待されます。これにより、現在世界中で開発の進められている短波長側領域(深青~黄色)で発光を示すTADF材料との併用により、屋内・外照明用の白色TADF発光デバイスの開発研究が躍進することが期待されます。

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特記事項

本研究成果は、平成28年4月6日(ドイツ時間)にWiley-VCH Verlag GmbH社のドイツ化学会誌(Angewandte Chemie International Edition)にオンライン版としてジャーナルHPに公開されました。

また、本研究は、独立行政法人日本学術振興会の二国間交流事業オープンパートナーシップ共同研究による支援を受けておこなわれました。

【論文タイトル】Dibenzo[a,j]phenazine-Cored Donor-Acceptor-Donor (D-A-D) Compounds as Green-to-Red/NIR Thermally Activated Delayed Fluorescence Organic Light Emitters
【DOI】10.1002/anie.201600113; 10.1002/ange.201600113
【ジャーナルHP】http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201600113/full

用語解説

※1 骨格転位反応
化合物を構成する原子(または原子団)が結合位置を変えて、分子骨格に変化が生じる化学反応のこと。

※2 熱活性化遅延蛍光(TADF)
通常、光励起された有機分子は基底状態から励起一重項状態へ遷移し、蛍光を放射することにより再び基底状態へと戻る。この過程はナノ秒スケールという短時間で完了するが、スピンが平行にそろった励起三重項状態(T1)がスピンが反平行である励起一重項状態(S1)とエネルギー的に極めて近い場合に、本来禁制であるこれらの状態間の相互変換(項間交差)が熱的エネルギーにより可能になる(※6 参照)。比較的寿命の長い(マイクロ~ミリ秒スケール)励起三重項から一重項へ逆の項間交差を経て基底状態に戻る場合に、通常の蛍光よりも寿命の長い発光(遅延蛍光)として放射される。これが熱活性化遅延蛍光である。

※3 電子アクセプター
電子受容体のこと。相対的な電子の授受のしやすさによって、他の分子(または原子団)から電子を受け取りやすい分子(または一部)を電子アクセプター(または電子受容体)、逆に電子を供与しやすいものを電子ドナー(または電子供与体)とよぶ。

※4 励起三重項状態(3LEA)
スピンが平行にそろっている励起状態のこと。

※5 励起一重項電荷移動状態(1CT)
電子ドナー分子(または部位)と電子アクセプター分子(または部位)が共存し、ドナー(D)からアクセプター(A)へ電子が移動する場合、D・+A・-で表される電荷分離した新たな状態が生じる。電荷分離し、スピンが平行にそろっている励起状態のことを励起一重項電荷移動状態とよぶ。

※6 (逆)項間交差
スピン多重度の異なる状態間変換のこと。通常、有機分子の場合、一重項状態から低いエネルギーの三重項状態への変換を指し、その逆の変換を逆項間交差とよぶ。これらは従来禁制であるはずのスピン反転を必要とすることから、マイクロ~ミリ秒かかる遅い過程である。

※7 エキシプレックス
基底状態では相互作用を起こさないが、光や電気的に励起された分子と基底状態分子との異種分子間で生じる励起錯体のこと。同じ分子間で生じる場合は、エキシマーと呼ばれる。通常、単独分子の発光よりも低エネルギー発光が観測される。

※8 外部量子効率(External Quantum Efficiency: EQE)
有機EL素子に注入されたキャリア数に対する素子から取り出された光子数の割合または百分率。外部量子効率=内部量子効率×外部取出効率で表され、通常の素子だと外部取出効率が20%程度のため、理論的な最大外部量子効率は、従来の蛍光材料を用いた場合(25%×20%=)5%、リン光材料の場合(100%×20%=)20%とされている。

※9 重原子効果
有機分子を原子番号の大きな重原子で置換したときにスピン禁制遷移が受ける影響を示す。具体的には、ヨウ素やイリジウム原子を含む化合物では、一重項から三重項への項間交差(スピン禁制過程)が進行しやすくなることが知られている。

※10 リン光材料
励起三重項状態からの発光(リン光)として光エネルギーを取り出せる材料。重原子効果(※9参照)を利用して励起一重項からの項間交差も効率よく利用できれば、有機EL素子においては、最大内部量子効率100%が達成可能である。

※11 内部量子効率
有機EL素子に注入されたキャリア数に対する素子内部での光子数の割合または百分率。

※12 三重項ー三重項消滅(Triplet-Triplet Annihilation: TTA)
フォトン・アップコンバージョン(※13参照)の一つ。低エネルギー準位にある三重項状態二つから、高エネルギー準位の励起一重項状態一つを生み出すことで、三重項エネルギーを結果的に蛍光として取り出すことができる。

※13 フォトン・アップコンバージョン法
低エネルギー(長波長側)の光を、より高エネルギー(低波長側)の光に変換する方法。

※14 ビナフタレンジアミン
正式名称1,1’-ビナフタレン-2,2’-ジアミン。軸不斉を有するビナフタレン骨格を有するアミン化合物のひとつ。光学活性な化合物を合成する(不斉合成)する際の不斉配位子としても有名な化合物。

※15 芳香族アミン
ベンゼン環などの芳香環の一部の水素をアミノユニット(NH2)で置換した化合物。

※16 SOCT-ISC (Spin-Orbit Charge-Transfer Intersystem Crossing)
大きくねじれたドナー・アクセプター型分子において、分子内電荷移動に伴って生じる角運動量の変化により、本来禁制であるスピン反転が誘起される項間交差のこと。ドナーとアクセプターのねじれ角が90°に近いほど、項間交差が促進されることがこれまでに報告されている。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻精密合成化学領域 南方研究室
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~komaken/index.html


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